2話 このままじゃ俺は──。
「……ねえ、ちゃんと聞いてるの〜?」
「…………キイテルヨ」
「なんか棒読みだけど……大丈夫……?」
…………大丈夫なワケあるかっー!全っ然大丈夫じゃない。
魔女であるお前と話すだけでも"大丈夫"という状態は俺の中からさっぱり消えてなくなる。
逆に大きくババンッと出てくるのは"緊急事態"……この一言に尽きる。
こうやって魔女ときちんと会話したのは、俺の記憶が正しければこれが始めてだ。
そのせいか、体が熱を持っているのをひしひしと感じる。
体が熱いのは生命の危機からくる"緊急事態"を知らせるもので、決してこいつとの距離が近いからだとか、今まで見たことの無い可愛い顔をしている……とかでではない。
いや、そうであってほしくない!
こいつが可愛く見えるのは……ええっと……そうだ!きっと生命の危機からくる熱さにやられてるんだ。
それか、魔法にかけられてるかのどっちかだ。今の季節は秋の涼しい時期。これくらいしかありえない!
「ねえ、なんか顔が赤いよ……?もしかして……風邪?」
「ちょっ……」
ただでさえ近かった距離がさらに近くなり、顔全体がよく見えるようになる。
あい変わらずほっぺたは赤く染まっており、髪のすき間から見え隠れしている耳も赤くなっていた。
……心臓がドゥク、ドゥクと動いている。
時間が経つごとに鼓動が大きくなり、はっきりと体に刻み込まれていく感覚がする。
──いずれ、心臓の鼓動で自分の体を揺らすのではないか。魔女の甘酸っぱい髪の匂いが鼻腔に流れ込み、互いの息遣いがはっきりと耳の鼓膜を震わせる。
五感からくる情報は、そう思わせるのに十分だった。
このままじゃ俺は──。
……そうも思い始めたことを自覚した時には遅かった。
俺は、目の前にいる魔女を突き飛ばしていた。
魔女の体は、なんの能力のない俺たちよりもずいぶんと軽い。そして、あいつは突き飛ばされた衝撃でバランスを崩し、一瞬転びそうになる。帽子もやや傾いてしまった。
魔女は、ただ呆然と俺を見つめて立っている。
「…………嫌いだ」
「……ルーク……?」
「俺はお前らが大嫌いだ。……昔からずっと気に食わなかった。その容姿もそうだが、同族にしか興味がない、自分たちが何かを成し遂げたわけでもねぇのに威張ってくるような態度をとってくること、魔女といつも比較されること……ウンザリなんだよ、俺はっ!」
「……そんな、私……」
「どうせお前も……フレイヤも奴らと同じなんだろ。……なんの用で呼んだかは知らないが、二度と俺に関わらないでくれ」
そう言って、俺は今朝下駄箱で見つけた、ここにくるきっかけとなった古めかしい手紙を投げつけた。
魔女はあいも変わらず呆然と立ちすくんでいる。
その姿を見た俺は、たまらず罰が悪くなって走ってその場を立ち去る。走っている途中で魔女の方を振り返ることはしない。
……だいだい後ろでどんなことが起こっているかは想像がつく。……想像がつくからこそ、余計に振り返ることが出来ない。
──これで良かったんだ。これで……。
柔らかく、温かいもののように感じたものはとっくのとうにどこかへ消えてしまった。今は、ただ暗い塊が心の中を支配している。
父さんのゲンコツよりも重く、そして痛い。これもまたはじめての感覚だ。
こうして俺は拒絶した。
ちょっと暗くなってしまいました……。次はもうちょっと明るい雰囲気にするように頑張ります。続きも読んでいただけるとうれしいです。