[コミカライズ進行中]王太子ではなく、端っこの側近の方が私の本命です
王家主催のパーティーで、王太子は小動物の様に可愛らしい女性をエスコートしている。
会場中の貴族たちが、固唾を飲んで二人を見守っている。
「本日は、私の誕生日のお祝いに参加いただきありがとうございます。
本日は皆さまに紹介したい方がいます。こちらはミーナ。私の愛する人で、婚約者です。」
ワァッと会場が華やいだ空気になる。
拍手をする者。悲鳴を上げる者。王太子に恋をしていた令嬢達は涙を流す者もいる。
そんな中、ルチアーノ・マクラーレン侯爵令嬢が声を上げた。
「畏れながら、その方は、子爵家のご令嬢ですよね?王太子殿下の婚約者となられる方は伯爵家以上の家格が必要です。私を含め、あなた様の婚約者候補は3名います。私の事は良いのです。ですが一番家格が高い、アリア様をお選びにならなかったのはなぜでしょう?」
え?そこで私の名前をなぜ出すの?私は王太子との婚約なんて望んでなかったのだから、むしろホッとしているのに!!自分が選ばれなかった事を聞きたいのを私を使って聞かないで!!
端で静かに息を殺していたアリアは心で悲鳴を上げた。
「君がニールヴァン公爵令嬢だね。優秀だと聞いている。どうか、この国の貴族が、民が誇れるような者になれるよう、これからも精進してくれ。」
王太子である、マクシミリアン第一王子殿下に会ったのは、私が12才の時だ。
サラサラの金髪に、ブルーの瞳。精巧に作られた人形のような美しい理想の王子様そのもので、その言葉は、私の婚約者になりたいのならばこれからも努力し続けなさいという意味だろうということは理解出来た。
私はアリア・ニールヴァン。
ニールヴァン公爵家の次女だ。
ニールヴァン公爵家には5才年上で公爵家後継の兄ロベルトと、3才年上の長女マリーナ、そして私の三人の子供がいる。
父も母も健在で家族仲はそれなりに良い。
父は財務大臣を担っていて、とても多忙なため、公爵家の仕事は小さいうちから兄のロベルトと母が手伝っている。両親は兄には後継として沢山の教育を施し、厳しく育てていたが、姉と私には基本的に甘く、裕福で爵位も高い家の娘として育った姉や私は少し我儘な少女だったと思う。
でも、私は7才の時にある方と出会ってから、変わった。
アルヴァン侯爵家のお茶会で、10才前後の子供が集められた。
アルヴァン侯爵家の嫡男で当時12歳になるケンドール様の婚約者探しの茶会だった。もちろん、女の子だけでなく、友人となる貴族令息達も集められていたため、私と姉はその日は特別に着飾られて姉と共に参加した。
侯爵家の後継であり、見目の整ったケンドール様はとても人気があったため、とても可愛らしい少女たちが色とりどりのドレスを纏い、可愛らしく髪を結われて参加していた。
私と姉は美しいと評判だった母とよく似ていて、亜麻色の髪に珍しいゴールドの瞳。
おしゃれな姉は当時からとても美しかった為、その日も姉は直ぐに令息達に囲まれていた。
私は会場から抜け出すと、綺麗に咲き誇る花をなんとはなしに見ていた。
「こんにちは。花が好きなの?」
振り向くと、穏やかな笑顔の同じくらいの年の少年がこちらを見ていた。
姉について参加したように、この子も兄弟についてきたのかしら?
「こんにちは。私はアリア・ニールヴァン。花は綺麗だし良い香りがするから好きよ。あなたは?」
小首を傾げて問うと、優しい顔に笑顔を浮かべて彼は自己紹介をした。
「僕は、リーヴェルト。リーヴェルト・ランドール。僕も花は好きだよ。さっき、いじめられていた女の子を助けたところを見たよ。すごいね、君。本当は怖かったんでしょう?」
リーヴェルトの言葉にアリアは顔を赤く染めた。
見られてた。さっき、可愛い女の子が自分よりも爵位の高い女の子達に囲まれて意地悪をされていたから、思わず声を上げて止めたのだ。ニールヴァンは公爵家のため、今日来ている令嬢の中ではアリアと姉が一番位が高いのだ。
「…でも、言えたのは父の爵位が高かったからだわ。私がすごいことなんてない…。それに本当はちょっと怖かったもの…。」
言った後、震えて、そして胸のドキドキが治まるまでここで隠れていたのだ。
「君がすごいのはその勇気だよ。それは父親の爵位とは関係ないよ。僕なんて見えていたのに声を出せなかった。まるで物語に出てくるヒューメリアみたいだった。」
「ヒューメリア?それってどんな人?」
アリアが興味をひかれて問うと、リーヴェルトはその本の内容を教えてくれた。彼は本が好きでずっと本ばかり読んでいるんだと言っていた。ランドール侯爵家の次男で、兄と共に来たのだそうだ。
自分は家を継ぐ身ではないから、将来は文官になって、この国のまだまだ放置されたままの孤児の保護や、誰でも学べる場所を作りたいんだ。外国では色々進んでる国もあるんだ。だからこの国も僕が少しずつでも変えていきたい。そのためにはどんな本でも沢山読むのだと笑っていた。
「リーヴェルト様って笑うとクシャってなるのね。」
フフッと笑ってアリアが言うと、頬をピンクに染めたリーヴェルトが恥ずかしそうにアリアを見つめる。
「君は笑うと天使みたいだ。すごく可愛い。」
今度はアリアが真っ赤になった。
「ねぇ、私は今まであまり本を読んだことがないのだけど、一緒に本を読んでくれる?」
「いいよ。僕は外交の仕事をしている父について週に一度は城の図書館へ行くんだ。
一緒にいかない?」
「行く!!」
それから私はこの薄い茶色の髪に、優しい湖の様な青い瞳のリーヴェルトと、週に一度図書館で会い、共に本を読んだり一緒に勉強をするようになった。
いつかリーヴェルトのお嫁さんになりたいと本気で思っていた。
それくらい大好きだった。
彼に似合う賢い女性になりたい。アリアがいくら勉強しても、リーヴェルトはそれ以上に賢くて。その上、優秀さを認められ、王太子であるマクシミリアン第一王子の側近に選ばれたのだ。
忙しくなったリーヴェルトとはなかなか会えなくなったが、時間を見つけては、手紙を送ってくれたり、誕生日にはプレゼントを贈ってくれた。
12才の時にマクシミリアン王太子の婚約者候補になったと父から言われた。
私は必死でお願いした。
「私には大切な人がいます。ランドール侯爵家のリーヴェルト様です。彼と結婚したいです。」
「…すまない、アリア。お前は次女で、彼は侯爵家だが、次男で継ぐモノがない。さすがに将来、ただの文官となるであろう男に公爵家の令嬢をやるわけにはいかないよ。それに彼は優秀だろう?きっと家を継ぐ女性の伴侶として引く手あまただろう。彼にとってもお前は最良の相手ではないんだよ。」
「そんな…。でも、彼は…。」
「ああ。リーヴェルト殿には会ったことがある。外交官である父君と共にいるのを何度が見たし、アリアによく手紙や贈り物を送ってくれていたから…。物腰の柔かい、穏やかな気持ちの良い少年だった。だが、結婚となると話は別だ。」
申し訳なさそうに、でも、容赦のない言葉でアリアに言い聞かせると、父はアリアを抱きしめる母に任せて仕事へ戻っていった。
マクシミリアン王太子は、この国の王たる資質を持つ、責任感を持った方だった。
リーヴェルト様と同じ私より2才年上で、とても人気のある方だ。
かなりモテる為、それなりに浮名を流してはいるが、あくまでそれはプライベートであって、王太子としての仕事はきっちりとされる。
王太子の側近は5人ほどいらっしゃる。次期宰相候補と言われる切れ者で幼馴染でもある侯爵家子息のトーマス様、護衛を兼ねた友人でもある騎士で伯爵令息のグヴェン様、多国の言語を理解し外交を得意とするリーヴェルト様。ご実家が公爵家で王太子の従兄であるラミレス様とその弟のロイアス様。
本来なら姉の方が婚約者候補に挙がりそうなものだが、あの時の茶会でケンドール様の心を射止めたのは姉のマリーナで、2年後の18才になれば結婚する予定になっていた。
「アリアはとても勉強熱心で諸外国の言語も得意でしょう?王太子妃に相応しいと判断されたのよ。誇れることよ。」
母の言葉を聞き、涙が溢れた。
そんな…。私が勉強を頑張ったのはリーヴェルト様に相応しくなりたいからなのに。
それからは避けられているのか、あまりリーヴェルト様とも会えなくなった。
それでも共にありたいと望んでしまうのはやめられなかった。
王太子とその側近たちは令嬢達に大人気で、どこで見かけても令嬢達に囲まれている。
リーヴェルト様は目がお悪くなったのか、少し前から眼鏡をかけるようになり、長く伸びた前髪のせいか、遠目でも顔がよく見えないことが多い。
そのせいか、令嬢に囲まれる王太子一行の中ではいつも少し離れた場所で控えていることが多い。
あの透き通るみたいに綺麗な静かな湖のような瞳を、もう一度間近で見たい。
時々城の図書館で会うことがあったが、目が合うとどこかへ行ってしまう。
そんなことを思い出していると、よく通る声が聞こえた。
「アリア嬢を選ばなかったわけか…。それは彼女には他に思うものがいると知っているからだ。そしてその相手もアリア嬢を大切に思っている。私は王となる立場の者だ。感情に左右されることの愚かさはわかっている。だが…。大切な友の思い人を奪うような真似はしたくない。」
え…?
その言葉を聞き、アリアは呆然と王太子を見つめた。
そしてそのすぐ後ろで控えるリーヴェルト様を。
ずっと目が合わなかったリーヴェルト様はアリアを見つめていた。
その瞳には熱が籠っている。共に図書館で過ごしていた時、ふとした瞬間にアリアをそんな目で見つめていた。
でも、私もリーヴェルト様も継ぐモノがないから結婚できないって…。
「アリア嬢は素晴しい令嬢だ。そしてミーナは昔、茶会でアリア嬢に助けられた事があると言っていた。その時、意地悪をしていた令嬢も、そして今日に至るまで、ミーナに嫌がらせをしていた令嬢も同じ者だ。なぁ、ルチアーノ・マクラーレン侯爵令嬢。」
ザワッと周囲がルチアーノ侯爵令嬢を注目する。
カァッと顔を赤くして唇を噛み締めると、ルチアーノはキッとミーナを睨みつけた。
「でも、子爵令嬢では家格が足りないのは事実です!!」
「家格、家格というが、ミーナはブロンズ子爵家の令嬢だが、隣国の王家の血を引いている。
勝手に子爵家の庶子だと噂が回っていたが、彼女は17年前に我が国を外遊されていたジャンヌ帝国の王弟と、ブロンズ子爵家令嬢が恋に落ちて生まれた高貴な令嬢だ。王弟は国に帰って結婚の許可を貰い、迎えに来るという約束をしていたが、道中の船の事故で亡くなった。
帝国から王弟が結婚を考えていた令嬢を探してほしいと我が国に連絡があり、見つかったのがミーナだ。」
「そんな…。」
ルチアーノ様がミーナ様の噂を流していたのね…。あのお茶会でも庇護欲をそそられる可憐なミーナ様を率先して虐めていたのは彼女だ。
アリアは残念な気持ちでルチアーノを見つめた。
「帝国とミーナを繋ぐ架け橋を務めていたが、そのうちにミーナの優しさや勤勉さに惹かれたのは私だ。帝国にも婚約の了解は得ている。帝国もミーナを大事にしてくれるならと、喜ばれていたし、外交的にも良い縁談だった。」
暗に、家格もつり合い、感情だけでなく、帝国との関係も考えた結果の婚約だと知らしめたマクシミリアン王太子は、ミーナを愛しそうに見つめた。
ミーナは頬を染めて小さく頷くと、アリアに頭を下げた。
「あの時はお礼も言えず申し訳ございませんでした。助けて頂いてとても嬉しかったのです。そして、幼いあなた様が貴族の責任と、誇りをもっていらっしゃる様に感銘を受けて、私も恥ずかしくない令嬢になろうと思ったのです。本当にありがとうございました。」
「…そう言っていただけてとても嬉しく思います。ミーナ様…、ご婚約おめでとうございます。」
「それだけじゃないんだ。」
王太子がニヤリと笑うと、リーヴェルトを振り返った。
リーヴェルトはゆっくりアリアの前に歩いてくる。
今日は長く伸びた前髪は流しているからよく顔が見える。
実は整っているのに、いつも眼鏡で隠れているから側近の中では目立たないリーヴェルトだが、今日は眼鏡もしていないためその優しい湖の様な透き通った瞳が真っすぐにアリアを見つめた。
少し前で止まり、膝をつくと、リーヴェルトはアリアの前に手を差し出した。
「アリア・ニールヴァン公爵令嬢。初めてあなたに会った時からずっと、貴方だけを愛しています。どうか、私と婚約していただけませんか?」
「リーヴェルト様…でも、私は…私たちは…。」
「実は外交中に帝国の第三王女に、兄が見初められてね。僕がランドール侯爵家を継ぐことになったんだ。だから、苦労はさせないよ。」
リーベルト様が熱のこもった目でアリアを見つめる。
何をいっているのかしら…。最初から私は爵位なんて望んでいない。
「そんなのどうだっていいんです。私は…本が好きでくしゃくしゃな笑顔で笑うリーヴェルト様の傍にいたいだけなんです…。」
「アリア…返事は…?」
「はい!もちろん!!」
アリアの返事にリーヴェルトは嬉しそうにアリアの好きなくしゃくしゃの笑顔で笑う。
「おめでとう、リーヴェルト、アリア嬢。」
王太子の声に二人で笑顔で振り向くと、ニヤリと笑った王太子が言う。
「こいつ、君が婚約者候補にあがった時から必死で色んな改革をしたんだぞ。出世して、もしも私が君を選ばなかった時にすぐに迎えに行ける様にって。正直、侯爵家を継がなくても叙爵される予定だったけどな。」
「殿下!!」
顔を赤くして声を上げるリーヴェルトに、アリアはきょとんとする。
「リーヴェルト様、私の事、避けてらしたでしょう?私、もう嫌われたんだとばっかり…。」
「…だって、日々綺麗になっていくアリアにドキドキしすぎて…目なんか合わせたら絶対抑えられなくなると思って…。」
甘い二人に周囲の貴族は生温かい目で見ている。
あら、そういえばルチアーノ侯爵令嬢、いつの間にいなくなったのかしら。
アリアが周りをキョロキョロしていると、リーヴェルトが手を出した。
「アリア、踊ってくれる?」
「…フフ…もちろんです。」
王太子とミーナ嬢、リーヴェルトとアリアの二組の幸せそうなダンスに会場は幸せな空気に包まれた。
ようやく手に入れた…。
子供の頃に茶会で出会った天使みたいに可愛い少女。
皆が着飾り、子供特有の残酷さで、自分より立場の低い者を見下したり、意地悪する様に、冷めた目で見ていた僕の耳に届いた透き通った可愛いのに凛とした声。
私たちの立場は大いなる責任の下にあって、ただ享受するものではない。人を、友を、家族を守れない者に爵位を名乗る資格はないと。
そのまっすぐな横顔にどうしようもないほど心が揺さぶられた。
心臓がバクバクとなり、今まではただ、兄のスペアとして、侯爵家の息子としてただ漠然と生きてきた人生に光が差した瞬間だった。
その後、茶会を抜け出して自分の心の動揺を落ち着かせようと入った庭で、さっきとは違うぼんやりとした顔で花を見つめる彼女に、震える手を握りしめて声をかけた。
本当はこういうお茶会は好きではない事、動物が好きで父に飼いたいとお願いしたが、姉に反対された事、リーヴェルトの本の話を楽しそうに聞いて、私も読みたいと笑った笑顔に苦しいくらいに恋に落ちた事を自覚した。
どうしても会いたくて一緒に図書館に行く約束をした。
それからは彼女に相応しい者になりたいと思った。彼女が欲しくて、どうしても欲しくてたくさん努力した。王太子の側近に選ばれ、父にアリアと結婚したいことを伝えると、家格が釣り合わないと言われた。
相手は公爵家の令嬢。過去には王家が降嫁した歴史もある由緒正しい家だ。
ランドール侯爵家も古い歴史を持ち、代々外交を担当しているが、家を継ぐのは兄だ。
何も持たないリーヴェルトは自身で立身出世するしかなかった。
そうしているうちに王太子の婚約者候補にアリアが選ばれてしまった。
彼女は美しいし、その上あれから沢山学んだため語学も堪能で優秀だった。
公爵家という王家に相応しい家柄なのだから、当たり前だ。
わかっていてもどうしても納得できない。
王太子は仕えるに足る素晴らしい人格者で、きっとアリアに相応しい。
でも嫌だ。
日に日に美しく成長していくアリアを諦められなくて足掻いた。
そうしているうちに王太子殿下が僕の気持ちに気付いた。
寄ってくる令嬢を避けるため髪を伸ばして眼鏡をかけた不自然な僕の様子が気になっていたようだ。
「ふむ。わかった。アリア嬢は候補から外そう。」
「…良いのですか…?」
「アリア嬢は王妃になるにふさわしいと私は思うが、お前ほど外交の腕のある側近を無くしたくはない。アリア嬢の代わりはいても、お前の代わりは私にはいない。そしてお前にとってはアリア嬢の代わりはいないのだろう?」
「はい。」
殿下は自分が様々な改革を提案し、アリアと約束したことを実現することに力を貸してくれた。
他の側近の仲間もそうだ。僕は人に恵まれた。
そうこうしているうちに、殿下はミーナ嬢と会い、恋に落ちた。
あの殿下の誕生日パーティから3年。
今、アリアは僕の腕の中で猫の様に眠っている。
「かわいいなぁ…。ずっと見ていられる。」
ベッドの上にはアリアが飼いたかった猫が2匹同じように丸まっている。
彼女を幸せに出来るのならどんなことだってする。
「愛してるよ、アリア。僕の天使。」
気持ちよさそうにリーヴェルトの腕に頬を摺り寄せる様子に、リーヴェルトは幸福のため息をついた。
ほんわかした幸せなお話を書きたくて書いてみました。