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第1章:港町との出会い

 私の名前はアメノメ。

 右目は普通の黄色だけど、左目は青いの。

 珍しい三毛猫だってよく言われる。

 でも、それがどうしたっていうのさ? 

 私はこの街で暮らす、ただの野良猫。

 誰にも縛られず、誰の所有物でもない、自由な存在なのさ。


 潮風が運ぶ磯の香りに、私は思わず鼻を鳴らした。ここは下町とは違う空気が流れている。開放的で、どこか懐かしい匂いがするわ。


(新しい場所も、悪くないにゃ~)


 私はとある港町にやってきた。


 港に続く坂道を下りながら、私は街並みを観察する。古い漁師町の面影を残しつつ、新しい建物も増えてきているみたい。そこかしこで工事の音が響いているわ。


(この街も、変わろうとしているのかにゃ~)


 坂を下り切ったところで、私は興味深い光景を目にした。古びた魚屋の前で、外国人らしき男性が店主と言い合いをしている。


「これじゃダメだって言ってるだろ! もっと衛生管理をしっかりしないと」


 流暢な日本語で話す金髪の男性。名前は聞こえた限りではマーク・ウィンターズ。この街の再開発プロジェクトに関わっているらしい。


「うちはな、50年間この店でやってきたんだ。お客さんからの苦情なんて一度もないよ」


 店主の浜野はまのとおるさんは、年季の入った前掛けを叩きながら反論する。


「これからは違うんです。観光客を呼び込むなら、国際基準での――」


「観光客? ふん、うちは地元の客さえ来てくれりゃ、それでいいんだよ」


 私は少し離れた場所から、この言い合いを見守る。人間って面白いわね。お互い正しいことを言っているのに、それが相手に伝わらないことがある。逆に、論理的には間違っているのに、そこに込められた想いが人の心を動かすこともある。


「あら、また新しい猫さん?」


 突然、優しい声が聞こえた。振り返ると、エプロン姿の若い女性が立っている。


「私は鷹見たかみ小夜子さよこ。この近くで雑貨店を営んでるの」


 小夜子さんは、カフェのような雰囲気の『港町雑貨店 潮騒』のオーナー。古い建物を改装して、こだわりの雑貨を扱っているらしい。


「今日はお魚のあまりをもらいに来たの。野良猫さんたちにあげてるのよ」


 彼女は浜野さんの店の方を見る。口論は続いているけど、店主は小夜子さんの姿を認めると、一瞬表情を和らげた。


(人間関係って、そう単純じゃないにゃ~)


 私はそう思いながら、小夜子さんの後をついていく。彼女の店の裏には、小さな中庭があった。そこには既に何匹かの猫が集まっている。


「みんな、新入りちゃんよ。仲良くしてあげてね」


 私は他の猫たちと適度な距離を保ちながら、小夜子さんの用意した食事を口にする。あら、意外と美味しいわ。でも、私の興味は既に次の場所に向かっている。


 食事を終えると、私は港の方へと歩き出した。潮の香りが強くなる。古い倉庫群が立ち並ぶ一角で、また面白い光景を目にする。


 スマートフォンを手に、あちこち撮影している少女がいた。制服姿から、高校生くらいかしら。


「この雰囲気、すっごくいいんだけどなぁ……」


 少女――如月きさらぎあおいは、古い建物に見入っている。彼女の周りには、同じ制服を着た友達が数人。でも、みんな退屈そう。


「もう、葵ったら。インスタ映えするような可愛い場所に行こうよ」

「そうだよ。この辺なんて、汚いだけじゃん」


 葵は友達の言葉に、曖昧な笑顔を浮かべる。


「ごめんね。でも、この雰囲気がね……お爺ちゃんの写真集で見た昔の港町みたいで」


 その言葉に、私は耳を立てる。お爺ちゃんの写真集? 興味深いわね。


 夕暮れ時、私は港の見える小高い丘に腰を下ろしていた。


(この街にも、たくさんの物語が隠れているにゃ~)


 夕日に照らされた港町を見下ろしながら、私はそう確信する。マーク・ウィンターズの描く未来。浜野さんの守りたい伝統。小夜子さんの新しい試み。そして、葵の見つけた何か。


 きっとそれらは、どこかでつながっているはず。私は、その糸を探してみることにした。

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