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二色の瞳を持つ猫は知っている  ―今日も路地裏の片隅から人間を見つめて―  作者: 霧崎薫
路地裏の覗き猫 ―みつばち文具店をとりまくよしなしごと―
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第4章:雨の日の真実

 台風が近づいている。普段より早めに雨宿りを始めた私は、みつばち文具店の軒下で雨粒を見つめている。


「大丈夫かしら、響也くん」


 美津橋さんが心配そうに空を見上げる。どうやら、今日は響也の大切な演奏会があるらしい。


「行ってくるよ」


 翔太くんが突然立ち上がる。祖父母が止めるのも聞かず、雨の中を走り出した。


(アメノメも気をつけるにゃ~)


 私も彼の後を追う。響也が出演するライブハウスは、この街の外れにある。古い倉庫を改装した、小さな会場だ。


 会場に着くと、響也が楽屋で座り込んでいるのが見えた。緊張のあまり、手が震えている。


「大丈夫?」


 翔太くんが声をかける。響也は驚いた顔で振り返る。


「翔太くん? こんな天気の中、どうして」


「お爺ちゃんから聞いたんだ。響也さんのお爺ちゃんと、うちのお爺ちゃんって、同級生だったって」


 響也の目が大きく開く。私も初めて知った話だわ。


「正一先生は、僕の爺さんが音楽の道に進むきっかけをくれた人なんだ」


 楽屋の隅から、響也のお爺さんが姿を現す。


「若い頃の私は理科教師で、クラシック音楽なんて興味もなかった。でも、正一は違った。理科を教えながら、休み時間には生徒たちに音楽を教えていた」


 お爺さんの声が柔らかくなる。


「音楽は数式じゃない。理屈じゃない。でも、そこには確かな法則がある。それを教えてくれたのは、正一だった」


 響也は黙って聞いている。彼の手の震えが、少しずつ収まっていく。


「自分の音楽をやりたいって言っただろう? それは間違っていない。でも、自分の音楽を見つけるためには、まず先人たちの音楽を理解しなければいけない」


 お爺さんは響也の肩に手を置く。


「バッハを弾いていたな。あれは良かった。お前なりの解釈があった」


 その言葉に、響也の目が潤む。


「もう時間だ。行ってこい」


 響也はギターを手に、ステージに向かう。翔太くんは客席で、彼の演奏を待っている。私は窓の外から、その様子を見守ることにした。


 最初の音が鳴り響く。バッハの旋律が、響也のオリジナル曲へとつながっていく。古典と現代、二つの音楽が、彼の中で一つになっている。


(人間の音楽って、不思議だにゃ~、猫は鳴くことが音楽なんだにゃ~)


 私は目を閉じ、その音に身を委ねる。雨の音が伴奏のように響き、独特の空気が会場を包み込んでいく。


 演奏が終わると、大きな拍手が起こった。響也の顔に、初めて見る笑顔が浮かぶ。それは達成感と、新しい何かを見つけた喜びに満ちた表情。


 帰り道、雨は上がっていた。響也、翔太くん、そしてお爺さんが一緒に歩いている。三つの世代が、音楽という糸で結ばれている。


(やっぱり人間って、一人じゃ生きていけないにゃ~、猫は一人いっぴきでも生きていけるんだにゃ~)


 私はその後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えた。街には、まだ誰にも気づかれていない(えにし)が、たくさん眠っているのかもしれない。

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