第3章:揺れ動く心
真夏の日差しが、アスファルトを照りつける。私は日陰を選びながら、いつものように街を歩いている。
(暑い日は、人間の本性が出るにゃ~)
汗を拭う仕草一つにも、その人の性格が表れる。きちんとハンカチを取り出す人、服の袖で雑に拭う人、汗を放っておく人。面白いわね。
みつばち文具店では、珍しい光景が広がっていた。
「これ、お爺ちゃんが教えてくれたの?」
翔太くんが正一さんと向き合って座り、何かを熱心に書いている。どうやら、夏休みの自由研究の相談をしているらしい。
「ああ、私が若い頃にな、理科の先生をしていたんだよ」
「えっ! 知らなかった……」
翔太くんの目が輝く。今まで知らなかった祖父の一面を発見して、嬉しそうだ。
(人間って、知っているつもりでも、まだまだ知らないことだらけなんだにゃ~、猫はなんでも知ってるんだにゃ~)
私は店先の日陰で、彼らの会話に耳を傾ける。正一さんは昔の実験の話を始め、翔太くんは目を輝かせて聞いている。美津橋さんは二人を見守りながら、こっそり涙を拭っていた。
「よかったわね」と、彼女は小さくつぶやく。
次は響也の様子を見に行こう。今日も彼の部屋からはギターの音が聞こえてくる。でも、いつもと少し違う。
「この音は……クラシック?」
確かにギターだけど、いつもの曲調とは違う。どこかで聞いたことのある、懐かしい旋律。
「バッハだよ」
窓の外で演奏を聴いていた私に、響也が話しかけてきた。珍しいわね。普段は人間は私に気づかないのに。
「爺さんが弾いてた曲なんだ。子供の頃、よく聴かされたよ」
響也は窓際に座り、ギターを膝に載せたまま、遠くを見つめる。
「やっぱり、逃げちゃダメなのかな」
彼の呟きは、誰に向けられたものだろう。私? それとも自分自身? それは分からない。ただ、何かが変わり始めているのは確かね。
山田パンの前では、今日も賑わっている。でも、陽菜の姿が見当たらない。
「はやかわさん、最近投稿してないよね」
「うん、なんか様子が違うの」
女子高生たちの会話が耳に入る。そうか、陽菜は投稿を控えているのか。
探してみると、彼女は公園のベンチに一人で座っていた。スマートフォンを持っているけど、電源は切れている。
「なんか疲れちゃった……」
陽菜はため息をつく。その表情は、いつもの無理な笑顔とは違う。少し寂しそうだけど、どこか安らかな表情。
(人間って、自分を演じるのに疲れることもあるにゃ~)
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