第5章:うねる波
暴風の中、浜野さんは必死に看板を押さえていた。
「父さん!」
「徹さん!」
圭とマークが同時に叫ぶ。二人は躊躇なく、浜野さんの元へ駆け寄る。
「来るな! 危ない!」
浜野さんの声が風に消される。看板が大きく軋む音。そして――。
「うっ!」
マークが体を躍らせ、浜野さんを抱いて横っ飛びにジャンプする。直後、看板が激しい音を立てて落下する。かろうじて三人とも無事だけど、店の入り口は看板に塞がれてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
「は、はい……」
マークは右腕を軽く擦りながら、立ち上がる。かすり傷で済んだみたい。
「なんで、こんなことを……」
浜野さんの声が震える。
「当然じゃないですか。ここは、私の第二の故郷なんです」
マークの言葉に、浜野さんは絶句する。
「お前、まさか……もしかしてトニーの息子か?」
「はい。父は昔、よくここで魚を買っていました」
暴風の中での会話。でも、三人の間に流れる空気は、不思議と温かい。
「トニーのやつ、今でも写真撮ってるのか」
「はい。港町の記録を続けています。如月さんに教わった通り」
その時、誰かが走ってくる足音。
「大変! 防波堤が……」
地元の漁師が、息を切らして叫ぶ。古い防波堤の一部が、波に削られているという。
「このままじゃ、商店街まで波が……」
「土嚢はまだ足りません!」
緊急の連絡が飛び交う中、浜野さんが動き出した。
「うちの倉庫に、土嚢の代わりになりそうな布袋がある。マーク、手伝ってくれ」
父親の声に、圭も動く。
「車、出します!」
三人は急いで準備を始める。私は雨に濡れながら、その様子を見守っていた。
(人間って、大変な時こそ本質が見えるにゃ~)
防波堤には、既に小夜子さんたちの姿もあった。
「葵ちゃん、危ないから下がって!」
「でも、記録として……これを残さないと」
葵はカメラを構えている。その姿は、どこか祖父の如月潤一に似ていた。
「記録も大切。でも、今は安全が先だ!」
マークの声に、葵は一瞬躊躇う。でも、すぐにカメラをしまい、土嚢作りを手伝い始めた。
暴風雨は一晩中続いた。でも、町の人々の必死の努力で、大きな被害は免れたわ。
夜が明けると、空は驚くほど澄んでいた。
(嵐の後は、空が特に美しいにゃ~)
私は防波堤の上で、朝日を見ている。昨夜の光景は、この街に何かを残していったように思える。