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二色の瞳を持つ猫は知っている  ―今日も路地裏の片隅から人間を見つめて―  作者: 霧崎薫
路地裏の覗き猫 ―みつばち文具店をとりまくよしなしごと―
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第1章:街との出会い


 私の名前はアメノメ。

 右目は普通の黄色だけど、左目は青いの。

 珍しい三毛猫だってよく言われる。

 でも、それがどうしたっていうのさ? 

 私はこの街で暮らす、ただの野良猫。

 誰にも縛られず、誰の所有物でもない、自由な存在なのさ。


 今日も私は、馴染みの路地裏を歩いている。春の陽気に誘われて、人間たちが早起きしているみたいね。


(まったく、人間って忙しい生き物だにゃ~)


 私は古びた自動販売機の上に飛び乗り、通りを行き交う人間たちを観察する。毎朝同じような時間に、同じような服を着て、同じような場所に向かっていく。退屈そうに見えるけど、彼らにとってはそれが普通なんだろう。


 ここは下町情緒が残る商店街。古い建物と新しい建物が混在していて、妙な魅力があるの。特に私のお気に入りは、商店街の一番端にある「みつばち文具店」。店主の美津橋みつはしさんは、私に時々おやつをくれる優しいおばあさん。


「あら、アメノメちゃん。今日も元気そうねぇ」


 美津橋さんが店先で私を見つけ、笑顔を向けてくれた。彼女の隣には、いつものように夫の正一しょういちさんがいる。


「正一、アメノメちゃんにカリカリあげときなさいよ」


「ったく、野良猫に餌付けしたらダメだって何度言えば……」


 文句を言いながらも、正一さんは店の中から猫用のおやつを持ってきてくれる。人間って面白いのよね。言っていることと、やっていることが違うことが多い。


「はい、どうぞ」


 私は丁寧にお辞儀をしてから、おやつに近づく。これも人間に教わった作法ね。


「まあ! 相変わらずお行儀がいいわねぇ。うちの孫の翔太しょうたも、アメノメちゃんを見習えばいいのに」


 翔太くん。私もよく知っている。中学生になったばかりの男の子で、最近は学校に行きたがらないみたい。部屋に閉じこもって、スマートフォンばかり見ている。


(人間の子供って難しいにゃ~)


 私はおやつを食べながら、そんなことを考える。動物なら、自分の子供がどうして元気がないのか、すぐに分かるものなのに。人間は言葉があるのに、かえってそれが邪魔をしているように見えることがある。


 おやつを食べ終わると、私は次の目的地に向かう。商店街を抜けて、古いアパートが立ち並ぶエリアへ。ここには、私が気になっている人間が住んでいるの。


 三階建ての薄汚れたアパート、203号室。ここに住むのは、音楽家志望の青年・鳴海なるみ響也きょうや。毎日のように、部屋からギターの音が聞こえてくる。


(今日も練習してるにゃ~)


 私は窓の外の狭い踊り場に腰を下ろし、彼の演奏に耳を傾ける。下手というわけじゃない。でも、何かが足りない。人間たちが言う「魂」とやらが、まだ見つかっていないのかもしれない。


「くそっ!」


 部屋の中から響也の声が聞こえる。また失敗したのね。彼は昔、有名な音楽家の家に生まれたらしい。お爺さんは今でも音楽界では知られた存在なんだとか。でも響也は、その重圧に押しつぶされそうになっている。


(人間って、自分で自分の首を絞めるのが得意だにゃ~)


 私はため息をつきながら、次の場所へ移動する。午後になると、商店街に新しい人間たちがやってくる。特に気になるのは、「山田パン」に集まる女子高生たち。


 最近、このお店の「インスタ映え」するパンが話題になっているらしい。SNSっていう、人間たちが夢中になっている不思議な世界があるのよ。写真を撮って、みんなに見せびらかすの。


「わたし、人気者になりたいにゃ~」


 私は彼女たちの声をまねて、クスッと笑う。写真を撮るために並んで、やっと買えたパンを一口食べて、残りは捨ててしまう子もいる。もったいないわね。でも、そんな彼女たちの中に、一人気になる子がいるの。


 早川はやかわ陽菜ひな。いつも友達と一緒にいるけど、どこか寂しそう。スマートフォンを見る目が、切なさを隠しきれていない。


(人間の子って、みんな何かに追われているみたいだにゃ~)


 夕暮れ時、私は高い場所を目指す。古い雑居ビルの屋上が、私のお気に入りの場所。ここなら街全体を見渡すことができる。


 人間たちは、それぞれの場所で、それぞれの生活を送っている。美津橋さん夫婦は店じまいの準備。響也はまだギターを弾いている。女子高生たちは塾に向かう途中。みんな忙しそうで、でも何かが足りないように見える。


(明日も観察を続けるにゃ~)


 私は尻尾を立て、夜の街へと歩き出す。この街には、まだまだ面白い人間がたくさんいるはず。そして、彼らの物語は、きっと私の知らないところでつながっているんだと思う。

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