表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
止まった世界で君と共に。  作者: 千本松原
その世界で君は何を望むのか
9/15

交錯する思い

区切り所が良かったので今回は短めです。



 早く帰るのを諦めた千世は傍に倒れた幼女を軽く手の中に抱えると1番近いベンチの上に寝かせてやる。ついでに千世は責任を感じた為、少しでもその幼女が寝やすいように自身の膝の上を貸すことにした。


「この絵、凄い良い…!ねえ、撫でていい?ゆっくりだから!」

美少女の膝に可愛い幼女の頭が乗っている。香織はその天使的組み合わせに目を輝かせていた。


「ゆ、ゆっくりなら。起こさないようにね?」

「やった!」


 香織は片手を幼女の頭に、もう一方の手を千世の顎の下をさする。香織の顔はその癒し空間の多幸感に顔を溶かしきっていた。

「さぁいこぉうだぁ!」


「…んふぁ。ふぁ…ん。」

千世は自分も同時に撫でられた事に内心驚きつつも香織の手がこそばゆくて身を捩ってしまう。


「……。」

逆に幼女は完全に意識を明後日の方向に投げ飛ばしてしまっているため、なんの反応も示さない。


 総じて見ると、その様子はシュールでカオス。横を通り過ぎる犬の散歩をしていた通行人はその光景を見て、そそくさと無理矢理に犬を引きずるように退散して行ってしまった。


「お、おしまい!」

結局満更でもなかったのか千世が香織の手を押し返したのはその少し後だった。


「……。」

「もしもし。」

 眠る幼女の表情が少しだけ柔らかくなった気がする。千世はゆっくりと幼女の体を揺らすようにしてどうにか起こそうとしてみる。


「……ぅ。」

「あ、おはよぉ?」

 香織が声を掛けると半目を開けて幼女が起き上がり、香織と目が合いにこやかに微笑んでいた。

 その姿にはあどけなくも、大人しさを感じる。身長は135cmは僅かに無いと言ったところでブロンド髪を腰まで伸ばしており、その姿は高潔なドレスのようだ。


 しかし、何よりも特徴的だったのは髪では無くその眼だ。



「香織。」

「…うん、そうだね。」

彼女の目には光が映らない。



「おはよう?だぁれ?」

「僕は千世で。」

「私が香織ー。現役高校生だー!」

 二人は幼女を驚かせないようにゆっくりと話しかけていく。まずは香織が前に出て大切な事を聞いていく。


「ゆっくりでいいからお名前言える?」

「うん…。ここあ。」

「え、ココア?飲み物の?」

「ちがうよ、ここあはここあだよ?」

「そ、そっかぁー。」


 どういう字を書くのか分からないが、とりあえずこの少女の名前は“ここあ”と言うらしい。

 

「君は迷子なの?」

千世が今度は質問をする。

「違うよ?」

「お母さんかお父さんは一緒じゃないの?」

「いないよ…。一人なの。」


 明らかにここあの表情が曇って自分の服の裾を掴みフルフルと震えている。目の縁に雫が滲み、あと一押しで全てが決壊する。そんな危機的状況に千世は慌てて話題を切り替える。


「今ここで何してたの!?」

「泥団子…。」

 ここあが指さす方向には小さな丸い泥の塊が6つ並んでいた。


「そうだ!お姉ちゃん達も作って!」

ここあは千世を見て目を輝かせている。後ろで香織がそれを見てとても喜んでいるのが千世には分かる。


「え、無理。汚いし、制服汚れるし、臭いし。」

だが千世は心無く、言ってしまった。


……。

ここあは泣いた。

引っ込みかけた涙を全て放出する、それはもうギャン泣きだった。


「ご、ごめん…。」

「千世ちゃん!ダメだよ、ちっちゃい子泣かせちゃ!」

「うぅ…。ぐすん。」

香織の後ろに隠れるようにここあは逃げて行ってしまった。


「それ以外ならなんでもいいから、許して……。」

「ん…じゃあお花でかんむり作って。」

「は、はい!」

その様子を見てくすくすと香織が笑っている。


「もう、香織やるよ!」

「ふふ、はいはい。」


 千世は記憶を失ってから一度も花冠を作った事がない為に少し心配していたが、実際やって見れば中々上手く形になっていた。どうやって作るのかが頭に次々と浮かんで来るようで不思議な感覚だったとしみじみ思う。


「はい、ここあ。」

「すっごいキレイ!…でも…。」

 ここあの頭の上に置いてやるとブルースターの花がブロンドの髪と相まってとても似合っている。

 だがここあは喜ぶよりも不安そうに自分の両手を後ろでモジモジさせて何かを隠しているようだった。


「良いよ?別に不格好でも。」

「え…なんでわかったの?」

「ふっふっふ!僕に隠し事何て百年早いよ君。」

 ここあは千世に一つの不格好で花の結び目も安定していない花冠を渡してきた。目が見えないのだから当たり前だと言える。


「…いや、綺麗だよ?上手くできてる。」

だから、そんなに辛そうにしないで…。


千世には分からない。

千世は人より多くのものを視覚する為にここあの気持ちは分からない。


 だけど、せめて幻想くらい見えてもいいじゃないか…。


「ホント!?見えないから分かんないの!…出来てたんだ…。嬉しいなぁ。」

 ここあは千世の言葉を聞いて心底嬉しそうにしている。


『痛い。』

心が。

__まるで針で刺すように痛い。これが本当に正しいのか?


「どうしたの?えっと千世お兄ちゃん?」

「いや、何でもない。それより香織は出来た?」


「ふぇっ!?うぅ…。」

 香織が耳を噛まれたロボットのように声を上げた。その手には美しい花の残骸が握られている。


「あー。長い間触ってたせいで萎れちゃってるね。香織お姉ちゃんは優柔不断だなぁ、ここあ?」

「ゆうじゅうふだん!」

「酷いよォ!」



時間が流れるのもあっという間だ。

千世達がここあに会ったのは昼過ぎくらいなものだったというのに今ではすっかり夏の日差しは夕日に変わっている。


「ちょっと遊びすぎちゃったかな?ここあちゃんおうちの人心配しない?」

「おうち…ない。パパのお姉さんの家にいるの…。まだ一緒に遊びたい…。」

香織の言葉にここあは眉を顰める。

千世の目に映るものはとても悲痛なものだった。


「なら…。なら明日も一緒に遊ぼう。香織も良い?」

「え?いいよ?」

「やった!明日は何する!?」


千世のすべき事。

___これが正しいと思った。


大輪の花のような笑顔。

彼女のかけた光は今ここにあった。

それだけで千世にとっては大きな価値がある。




_____________________________________


時刻は7時半。

 ここあを家まで送っていたらかなり遅い時間になってしまった。


「美咲…ただいま。」

「あら、遅かったわね。何処かで遊んできたの?」


「公園にここあって言う子がいて、その子と香織とね。」

「それなら良かった。じゃあ、時間も遅いしご飯は食べに行きましょうか。」


 居間のソファの上で上品に座っていた美咲はゆっくりとした動きで立ち上がると、その足を玄関へと向ける。

 目立った外傷は消えて千世の鼻をつくような血の匂いも感じられない。


「美咲、傷痛いでしょ。」

「……そんなに分かりやすい顔してたかしら。」

だが、美咲から滲む赤色を千世は見逃さない。


 千世は台所に立つと自分がこの家に来てから充実してきた冷蔵庫の中身を物色する。

 美咲は目を離すと直ぐにレトルトだのインスタントだのに手を伸ばしてしまう為、ほぼ毎日食事を千世が作るようになっていた。


「いいよ、今からでも作るから。それより何かリクエストある?まあ凝った物は今からじゃ無理なんだけど。」

「じゃあ鉄分取れるのがいい。」


「おっけー、生姜焼きにするね。」

 千世は冷蔵庫からパックの肉を解凍する為に取り出す。

 その後鍋に水と洗った米を入れて火にかけてやる。元々あった炊飯器は長年使わなかったため壊れていたが、美咲には別に要らないと一蹴されてしまった。なのでこうして毎回手間ではあるが自分で米の面倒を見てやらないといけない。



「相変わらず美味しいわ、千世。」

 出来上がった料理はどれも美咲という素人の目からしても完璧と言えるものだった。米は立って輝き、生姜焼きはトロトロとして柔らかい。


「えっへん!」

 これらの料理スキルは美咲の家に来てから買った本から学んだものだ。それでも地が良かったのか千世はどんどんと料理の完成度が上がっている。

 それを自覚しているのか千世は腰に手を当て得意顔をしていた。


「あぁ、可愛いわね。」

 こうして条件反射で美咲が褒めるため千世のこの自信が作られたとっていいだろう。

 それを直也によく指摘されるが美咲本人としては千世が自信過剰ならともかくこれは正当な評価だとして譲らない。


 そうして談笑している間に食事は終わり歯磨きと風呂を済ませそれぞれの部屋で床に就く。それがいつもルーティンだ。

 だが、今日はそれぞれ自室で起きたまま時が来るのを待っていた。



 今日だけは時間の流れがもっとゆっくりだったら良かったのに。


__コチコチ。

 買ったばかりの時計の針の刻む音と美咲の心音との差が段々と開いていく。心臓の音がやけに耳に響いて周りの音さえかき消していく。


「行くわよ、私。」

美咲が動く、自分を鼓舞し立ち上がった。

 その体はまだ激しい運動をこなせる程に治りきっていなかった。外傷は消えたように見えるがその中身はとても酷い。折れた骨はまだ詰まりきっておらず、筋肉は千切れ、血も薄い。


 そして何よりも魔力が足りない。こんな状態で吸血鬼の前に立つのは自殺行為でしかない。


 だが、それでも動くしかない。それが美咲の意地だからだ。それに、美咲は死ぬために死地へ赴く訳でもない。


 せめてもの抵抗の為に美咲は残っていた“雪華の星”を手に取り鞄につめると、美咲は静かに部屋を出て玄関に直行する。


「行ってきます。」

そしていつもと変わらず美咲は街へと向かった。




「やっぱり美咲は行くんだね。」

 ドアの閉められる音を聞いて千世は誰にも聞こえないように小さく呟く。


「行くよ。」

 千世は不似合いに部屋に置かれた黒いトランクケースを持ち上げた。その重量は普通、人間に持ち上げられる物ではない、だが千世にとっては少し重い程度でしかない。


 千世は窓からベランダに出ると身を乗り出し、そのまま外に飛び降りる。


そして美咲と同じように夜の街を駆け出した。

そうです。

やっと千世が吸血鬼と関わり出してきますね。

と言うか千世の話が2章は多いですかね。それはシナリオ上どうしようもないことなので許してください。



あと忘れていたのですが、1章の途中にあった「正義の結末」は思いつきと千世の生徒会での様子を描きたかっただけの間章のようなものであって特に後編は直接的にシナリオに関わってくることはありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ