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止まった世界で君と共に。  作者: 千本松原
吸血鬼の潜む町
3/15

共同生活の始まり。

 二日たった月曜日の朝、美咲は学校へ行く支度を済ませると新聞を取りに行く。

 この街では、4年ほど前から薄い新聞が配られている。この新聞には、桜ヶ丘市内で起きた小さな出来事から大きな事件まで街の事だけが書かれている。


 そんな情報の薄い新聞を読むのは、直近の事件、身近な異変にいち早く気づくためだ。最近は新聞以外にも噂程度の情報さえ集めているのだが一向に美咲の求めている情報を得ることが出来ない。

 でもそれは同時に良い事でもある。

あの怪物のような吸血鬼がなりを潜めているのだ。千世と出会ったあの日以降この街で起こった殺人事件、誘拐事件は無い。

 だが、吸血鬼は消耗している筈だ、それなら手早く人を襲って血を吸って回復するものだ。しかし、新聞の通りならあの吸血鬼は動いていない。それは少し妙だと言える。

 もしくは。

「あれは怪我に入らないってこと。」

体の4割を吹っ飛ばしても意に介さない怪物。

美咲は、自分の未熟さにほとほと嫌気がさす。


 美咲は新聞をテーブルに置いて立ち上がる。そろそろ学校に行く時間だ。今日もギリギリに起きたのでもう時間はない。


トン__トントン__トントントン。


階段の方から音が聞こえた。美咲は振り返ると。

「おはよ。朝食はここに、昼食は冷蔵庫にあるから。」なんて言って鞄を持つ。

テーブルに用意されているのはカニのキャラクターが描かれた包装に入ったパン。


 それに対して寝起きで半分しか目の開いてない千世は。

「おはよぉあぅ。どこかお出掛け?」

欠伸の混じった挨拶。どこか抜けた雰囲気がある。


「そう、学校。勉強しに行くの。7限まであるからだいたい帰りは4時半くらいになるわ。」


「そっか、頑張ってね。あ、僕も付いてっていい?」

「ダメよ。貴方戸籍すら持ってるか怪しいくせに何言ってるのよ。」

美咲は呆れたように言う。

「う、言ってみただけだよぉ。」

なんて千世は誤魔化してはいるが怪しい。目が本気だった。

まあ、そんなことは後で叶えてやる。今はまず学校だ。そうこうしているうちに、時計は7時55分を示している。先日の粗相によって既に円華に説教を受けることが確定しているというのに、そこから更に遅刻だなんてありえない。全く、円華の心臓が持たない。

 あの苦労人にこれ以上の苦行を押し付けてもしょうがないのでさっさと学校に行ってしまおう。

 美咲は玄関に移動していく。


「行ってきます。」

誰かを求めた美咲の期待と妄執を乗せて、いつも通りに機械的に言葉を発し扉に触れた。


でも、

でも今日は少しだけ違う。


「行ってらっしゃい。」

 ただひたすらに優しい声。誰かが自分の安全を願って微笑んでくれている。自分の帰りを待っててくれる誰かが居てくれた。

此処が私の居場所なんだって認めてくれている気がする。


__なんだか少しだけ。




 救われた気がした。





_____________________________________




 学校にいる時間は早送りのドラマのように早々と過ぎていく。少し感傷に浸りながら窓に映し出された空を見上げる。

 快晴。眩しいほどに澄んだ蒼穹は額縁に収められた絵画のようだ。カーテンが時々揺れて美咲の頬を爽やかな春の終わりを知らせる風が滑っていく。

 青、青、蒼。空は見上げるにつれてその色を濃くグラデーションしている。そこは大きな穴でこの世界を飲み込みこもうとしているのではないかと錯覚してしまう。

 ふと、蒼の瞳の少女を思い出す。少し訂正。

彼は少年だったし、彼の瞳はこの蒼天なんかよりずっと濃くて美しい蒼を持っている。

「はぁ。」

ため息が漏れる。

今頃、あの子はどうしているだろうか。

なんて、一人息子が上京した時の母親の気持ちという物を理解してしまう自分に呆れて机に突っ伏した。


すると、

 「2年3組、羽月美咲さん。職員室まで来てください。」なんて放送が流れる。円華の声だ。

周りは美咲が何かしたのかと、騒然とする。

円華は別に怒っている訳ではないのだろう。というかむしろ恐ろしいのだろう。

わざわざ放送を使うだなんて、これから説教をする人とは思えないような怖気付きよう。それでも、教え子には説教をして正しさを説く。

なんというか、難儀な人だ。


美咲はそんなことを考えながら立ち上がる。






 三階南館、グラウンドを一望できる位置に職員室はある。

コンコンコン。

職員室の扉をノックする。

「2年3組の羽月美咲です。川代先生はいらっしゃいますか。」用意されたテンプレートを機械的に読み上げ、中に脚を踏み入れる。

「先生、何か用ですか?」

数ある机の中から円華の机まで歩いていくと、すっとぼけて声を掛ける。

「ああ、美咲さん。良かった、もしかしたら来ないかもなんて思ってましたよ。」

いつもの慈愛に満ちた胡散臭い顔はなりを潜め、新たに真剣さに満ちた胡散臭い顔を貼り付けている。

この男、胡散臭いな。と美咲は思った。


「いえいえ。私が先生を無視するだなんて有り得ませんよ?」美咲は薄っぺらな笑顔を向けてごまをスったようなことを言ってやる。

「そうですかね。私あなたに結構無視されている気がするのですが。」

「いえ、そんなことないですよ。」

まずはジャブだ。先程までの態度を改めて威嚇する。


「そういえば。なぜ放送を?」

「え、えっとそれは。」

威嚇してやると直ぐに円華はたじろぐ。わかりやすい。この円華という男は私が怖いのだろう。

 理由はひとつ、美咲の運の悪さと芯の強さは折り紙付きで沢山の生徒同士、先生と生徒間におけるトラブルにいつも巻き込まれては一人で解決していってしまう。しかし、それは美咲の思う正しさによる解決であって学校の求めるそれではない。よって先生達はいつも彼女の後手に回っては、彼女の口撃に会い丸め込まれてしまい、意気揚々とトラブル解決の為に職員室を飛び出した数多の先生たちがこの少女によって沈められてきた。

 噂によれば、桜ヶ丘高校の裏のドンであり、校長さえも彼女には頭が上がらないのだとか。ところどころ脚色はあるだろうが、実際に先生達の間では羽月美咲には関わるな。なんて暗黙の了解のようなものができているようだった。


「はぁ」息をつく。

「そんなに怖いのなら言ってこなければいいのに。」

つい本心を吐露する。

「いえ。辞めませんよ。これは、私の仕事ですから。」

「そうですか。」


円華の底は掴めない。

美咲に怯えているのは事実。生徒の問題を真剣に解決しようとしているのも事実。

だが、

正しく優しい言葉なのにどれも上辺だけ。教師として、大人として、生徒は放っておけない。まさに美談ではないか。しかし美咲は知っている、この男はこの場にいるどんな大人よりも生徒の心というものに無関心なのだということを。いつもは慈愛に満ちた顔を向ける円華。しかし、生徒に親身に向き合っている時、彼の表情は凍りつき、目は生徒の背後を移している。

 

 生徒の心に無関心であるのに生徒の為に奔走する円華。矛盾はここに極まれり。その鉄扉面の下にはどんな顔があるのだろうか。今この場で1番恐怖を覚えているのは最初から美咲だったのかもしれない。


1拍置いて円華が口を開く。

「何故電話に出なかったんですか。それとズル休みはもっと上手くやるように。」

「電話線を抜いたからですね。あの後どうしても風邪が辛くて電話には出れませんでした。あとズルではありません風邪です。」

美咲は譲らない。ここは風邪で押し通す。確固たる意志が美咲からヒシヒシと伝わってくる。


これは長くなりそうだと両者心の中でため息をつく。



結局円華の説教が終わったのは4時半頃だった。

ここから家に歩いて帰るとなると時刻は5時を回る。

千世との約束の時間はどうあっても過ぎてしまう。

美咲は校門を出ると直ぐに駆け出した。まだ明るい日差しが美咲の肌を焼く。


_____________________________________



家に帰るとそのまま千世を連れて街に出る。

必要なものが沢山ある。千世が持っていたのは漆黒と呼べるほどに黒く、また大きいトランクケース一つ。見た目はとても簡素で真黒の箱に持ち運び用の取っ手があるだけ。

 最初は持っていなかったのに、昨日起きたら部屋に置かれていた。千世が持ってきたのだろう、大切なものらしい。


美咲はまず服を買わなければと洋服屋に入る。

今現在、千世はまだ女物の衣服を着ている。美咲は、仕方ないとは言え男の子が女物の服を着て過ごしているのは息苦しいだろうと思って早めに男物の服を揃えてやろうとしている。


だが千世は

「これがいい。」

なんて言ってどれもこれも女物の服を買って欲しいと言ってくる。

 「これ全部女物よ、あなた男よね?」

なんて言っては見るものの。

「美咲と一緒がいい。それに美咲は僕が可愛いの着てると喜んでくれるし。」

この一点ばりだった。

この4日間美咲は千世を着せ替え人形のように可愛らしい女物の服を着せて楽しんでいた。

その間に千世の趣向が少し変わってしまったのかもしれないなんてことを美咲は思った。少し、申し訳ない。


 実際、千世は可愛いものが好きな訳ではなく、美咲に自分を可愛がって欲しいだけだったりする。


美咲は服屋を出ると雑貨屋に日用品を買いに行く。

結局カートの上には商品が山のように積み上がっていた。


「さっきからそれ、何かと交換してるの?」

レジを通している最中そんな事を聞かれる。

「お金のことも忘れたの?」

「お金?その紙がそんなに価値があるものには見えないんだけど。」

どうやら最初から説明しないといけないみたいだ。


「この紙幣自体に物質的価値はないわ。この紙幣は信用の証。私達はこの紙幣に一定の価値があるものとして国を信用する。そうすることによって、この紙幣には間接的価値が与えられる。そうしてこの紙幣を交換しあうことで市場は成り立つの。」


「つまりは、この紙幣に価値があると仮定した上での物々交換よ。」ピンと人差し指を立てて丁寧に美咲は説明する。こういう一般的な常識は早めに覚えておかないといけない。

「なるほど。ここの人たちは頭がいいね。これなら確かに携帯性もバッチリだね。」

そう言って美咲の財布を覗き込む千世。

「でも、それだとどこからこのお金は出てくるの?美咲も何か交換してるの?」

当たり前の疑問だ。お金は使えば物になって返ってくる。ならお金を得る為に何かを交換しなければならない。つまり

「労働ね。働くのよ。そうすればその労働に見合ったお金を得ることが出来るわ。」

実際はブラックだとか、詐欺だとか色々な等価では無い交換が起きてしまうのだが。美咲は面倒臭いので説明を省く。


「じゃあ美咲も働いてるんだ。」

千世は納得いったように頷いている。

「いや?私は働いてないわ。親が遺してくれたの。それはもう使い切れない量。」

「もう訳わかんないよぅ。」

千世の頭から煙が出ている。まあ、さっきまで美咲が言っていることと盛大に矛盾しているため仕方ない。


「さあ、次行くわよ!次!」

レジを終えた美咲が急かす。

「まだ買うの!?」

時刻は6時半を回っている。全体的に駆け足な買い物だったが、さすがにもう外も夕陽が滲んできている。

時間的にも物量的にもここら辺が限度だろうと千世はタカをくくっていた。


「今度は買い物じゃないわよ。学校に行く為の手続きをしないといけないでしょ。」

美咲には千世の願いを叶える手段があると。

そういったのだ。


「え。いいの、?」

千世は感極まったような顔で訪ねてくる。


「ええ。いいわよ。」

「千世に異様に甘くしちゃう私も、香織の事を猫可愛がりする奴の事を悪く言えないわね。」

なんて言って美咲は遠い目をする。


 千世はその後美咲に、なんかとても怪しい場所に連れてかれたと思ったら。なんかめちゃくちゃ怖いおじさんに写真?とかいうものを撮られて色々聞かれた後で返された。


帰宅すると、

「なんか。とても良くないものを見た気がする。」

千世が呆けて言う。

「今日の事誰かに言ったら消されるかもね?」

なんて言って美咲は千世を脅す。

ぴぇ、なんて声が聞こえて固まっている。

「冗談よ。まあ確実に良くないことはおこるわね。」

なんて美咲はのたまう。

やっぱり消されるんだぁ!と千世は都会の恐ろしさを痛感した。


「明後日には貴方は戸籍に刻まれて書類上でも存在する人間になるわ。苗字は上月(こうづき)よ。木曜日には住民票を受け取って貴方は少し前に引越してきて私の通う高校にやむを得ない理由で転入してきたことになる。まあ、そこら辺はおいおい説明するわ。」

淡々と美咲は捲し立てていく。

「なんか意外と簡単に学校に行けることになっちゃった。」そんな事を言って千世は唖然としている。


「簡単じゃないわよ。ちゃんと等価で()()はしたもの。」


苦々しい顔で言う美咲に少し千世は申し訳なく思ってしまう。

この世界で何かを得る為には交換をしなければいけない。先程の美咲の説明を千世は思い出した。


「いつか、」千世は決意したように口を開いた。

「いつかちゃんとこの恩は返す。約束だから!」


その蒼瞳には確かに強い信念が宿っている。


「楽しみにしておくわ。」

期待しないで待っておこう。この約束がこの子の足枷にならないように美咲は祈った。






_____________________________________




...ブーーー...ブーー...ブーーー。


意識の浮上。速攻で枕元にある悪魔を殴りつけた。

ゴッ!

悪魔は死んだ。

針は完全に静止して頭についたボタンは吹っ飛んだ。

一年前に持っていなかったから買っただけのだだの有り合わせ品。未練はない。


今それは美咲にとっては些事だ。素早く自分の支度を終えて廊下に出る。

そして、自室から一つ飛んだ場所にある角部屋のドアを勢い良く開けた。

「んぅ。」

そこにはベッドの上で団子のように丸くなっている布団の塊があった。

美咲は迷わずその布団を引っぺがすと、中にいた千世の手をつかんで思い切り引っ張って起き上がらせる。まるで浜に打ち上げられた魚のように千世がはねた。

「うええええ!」

千世はいきなりすぎる衝撃に驚いている。

「起きて、起きろ、起きなさい!」美咲の急ぎようはもはや異常といえた。

「なになになに!?」

「何って貴方今日から学校でしょう?急ぎなさい!時間は待ってくれないわ。」

雑貨店で買ったシンプルな掛け時計は7時20分を指している。

7時55分には最悪出発しなければならないので準備は残り35分。

普通の女子高生なら卒倒ものだろう。


それを聞いて返事をするよりも先に千世は動き出した。

千世は届いたばかりの制服を美咲に手渡してくる。

「?」

「着せて?着方わからない」

千世は上目遣いで美咲に訴えてくる。...あざとい。

そんな技いったいどこで覚えて来たのだろうか。

「まったく、昨日届いて一度着たのにまだ覚えられてないの?」

美咲は制服を受け取ると、渋々といったように着替えを手伝ってやる。

桜ヶ丘高校の制服はいくつかのカスタム性があり、その中から自分に合ったものを選ぶことができる。

千世はブレザーとネクタイにスカートという美咲と全く同じものを選んだ。いわくお揃いがいいんだとか。

次に、髪をとかして結んでやる。サイドの髪をまとめたハーフアップ。

「んふぅ。」なんて溶けた声を出して、抑えている美咲の手に頭を摺り寄せてくる。

まったくこの子は、猫かなにかなのだろうか。

美咲はどちらかというときれい系の顔立ちであるため、いつも大人っぽい髪型にしている。

だから、こういう可憐でかわいい髪型が似合うことに少し嫉妬してしまう。

「よし。おわり!」

美咲は千世の背中を軽くたたいてやる。


次は、必要なものを確認していく。


「かばんは持った?」


「もった。」


「教材は?」


「もった。」


「学生証は?」


「…。わすれてた。」

「もう。まったくしっかりなさい?」やはりこの子はどこか抜けている。


「あと上履き。」


「もった。」

「いいわ。朝ごはん食べるわよ。」


トタトタトタ。廊下を小走りで駆けていく。

美咲は台所から二つの菓子パンをとってきてそのうち一つを後ろの千世の口につっこむ。

時刻は7時55分

もうゆっくりしてられる時間はない。

「食べながら行くわよ。」

美咲は自分の口にもパンを突っ込みながら振り返る。

千世はもう食べきっていた。

「早いわね。」

美咲は余計な思考を振り払い玄関に千世ともに向かう。



そして、


「「”行ってきます。”」」


二人の声が重なる。

今日は少し朝日がいつもより眩しい。美咲はそう感じた。




美咲は自分の教室につくと、いつも通りに挨拶を一通り返して自分の席につく。

千世はこの教室に来る前に職員室に送り届けてきた。

今日、転校生が来るということは円華から知らされていたために教室の中はお祭り騒ぎになっていた。

男子たちは教室の真ん中で円陣を組んでいる。

「女子だ女子!みんな!俺たちの青春は今日にかかってるぞ!」

逆に女子たちはそんな男どもをみて馬鹿みたいと笑ってはいるが。目はちらちらと時計を確認しておりホームルームが待ちきれないといった様子。


一人、転校生のことを知っている美咲はこの人たちは千世をみてどんな反応をするのかなんて考えながら教材を机にしまっていく。


「羽月。」

「お前はどう思うよ。」男子生徒が一人美咲に話しかけた。

「直也。どうって何がよ。」

北條直也(きたじょうなおや)

高校に入ってからやたらと私に声をかけてきたガラの悪い男子生徒。

小学生のころはたまに一緒に遊んでいたが、一度私の家に来てからは妹の方が彼と仲が良くなっていた気がする。

最初は、私に恋慕を寄せているのではないかと思っていたが、「そんなわけないだろ?」なんてマジ顔で言われてしまい大恥をかいたのは記憶に新しい。ちなみに美咲は直也を殴り飛ばした。


「お前なあ、転校生に決まってるだろ。どんな奴かな。」

どうやら、いつもすましたひねくれ坊主の彼でもさすがに転校生ともなれば興味を引かれたらしい。


「決まってるじゃない。」

「どう決まってるんだ?」

「どうって。こんなさびれた地方都市にこーんな変な時期にやってくるなんて」

美咲がそう言うと、直也もようやく納得いったように顔をしかめた。

「なるほど、訳ありだな。お前が苦労する姿が目に浮かぶぜ。南無三!」

「生徒会長が何を言ってるのよ。貴方も道連れに決まっているでしょう?」

コイツを学校での千世の世話焼き係にしてやろうと美咲は心の中でほくそ笑む。

「まったく、カンベン願いたい。」

そんな美咲の心の声を知ってか知らずか直也は肩をがっくりと落とすのだった。



その頃、千世は職員室で円華と話していた。

「あなたが上月千世さんですね。おはようございます。」

いつも通り慈愛たっぷりといった笑顔を正面の生徒に向けている。


千世の円華の第一印象は、かわいそうな人だ。

この人の心の中には熱がない。まるでぽっかりとあいた虚空のような人。

必死にその穴を満たそうとするけど、心に熱がないからその穴は絶対に満たされない。

だから結局、上辺だけ取り繕ってペラペラの自身の理想を作り上げている。



「千世さん?緊張していますか。」固まっていた千世に声をかける円華。

目上の人には敬語だったよね。

「い、いえ。大丈夫です。」

「どうやら重症のようですね。一緒に深呼吸しましょうか。」

「え。」


____すーー。はーー。すーー。はーー。

一泊遅れで千世も深呼吸をする。


すーー。はーー。すーー。はーー。すーー。はーー。


千世は素直に尊敬する。

この人は自分の本質に気づいて絶望していながら、それでも教師として生徒に向き合っているのだ。

たとえそれが妄念であったとしても正しいことを成している事実には偽りはない。


「落ち着きました。ありがとうございます。」

千世は先ほどよりも明らかに緩んだ顔を円華に向ける。

「それは良かった。改めて自己紹介を、私は川代円華。2年3組の担任をしています。」

「僕は千世。いっても、知ってますよね。」

可憐な見た目と声。でもその口から発せられる一人称は()

円華は少しギャップを感じる。

「はい、それはもちろん。それで、最近はどうですか、この町にはなれましたか。」

「この町は知らないことがたくさんですが、こんな僕にも優しくしてくれる人もいてとても充実してる、と思います。」

ぎこちなさを感じる敬語に、千世は自分でも首をかしげながらも必死に言葉を紡ぐ。

自分はとても口下手なんだと認識させられて千世は少し反省する。

もしかしたらもともと自分は人と全然話してこなかったのでないかと思って、恥ずかしくなる。

「そうですか。この町の人たちは癖の強い人が多いですが、みんな根は優しいですからね。結束力なんかもあっていろんな催しをしていますので今度機会があったら花火大会なんかに行ってみるのもいいかもしれません。ちょうどもうすぐ夏休みが来ますから。」

あ、でもそうか。と円華は何かに気づいて

「今日から転入してもすぐに夏休みに入るのであんまり学校のこととかわからないかもしれませんね。」

「!?。」

千世は驚いてしまった。なんてことだろう。


そんなところに

キーンコーンカーンコーン。とホームルームの予冷が鳴る。

「ではいきましょうか。」と言って円華は立ち上がる。

先ほどの会話は円華なりに千世カウンセリングをしたのだろう。


「あ、はい。」言って、千世は円華の後を追う。


教室の前に立つ。

千世は少し緊張してしまう。

それに気づいたのか円華は「もう1回深呼吸しますか?」と気にかけてくれる。

「大丈夫です。」

千世は覚悟を決めて教室の扉を開ける。

教卓に向かって歩き出すと、生徒達の好奇の目線が千世を貫いた。千世の目がふされ、頬に朱が差す。

千世は教卓の前に立つと目線がチラチラと生徒達の顔と床を往復する。

「あ。」

美咲と目があった。なんか笑ってる。

美咲は自分が緊張で固まっているのを見て楽しんでいるというのか。むかつく。


でも、

「おはようございます。今日からこの学校に転校してきた、上月千世です。」

緊張がさっきよりも薄れた気がする。


「仲良くしてね。」



美咲は

「できるじゃない。」なんて言ってしたり顔をしていた。

生徒達がザワザワとかなり騒がしくなった。

どうせ予想が外れただのなんだのを話しているのだろう。

男子はガッツポーズを上げ雄叫びをあげた。

女子は予想外なほどに可愛い千世を見て、どうにかお近づきになりたいようで。

「どこから来たのー!」、「可愛いー!」、「ヘイ彼女!お茶しなーい?」なんて千世に話しかけている。

千世はそれを見て、さっきよりもさらにアワアワとしている。


それを見かねてか2回手を打ち合わせて円華が制止する。

「ハイハイ、取り敢えず先にホームルームね。休み時間にあんまり質問攻めにしないようにー。」


一旦は生徒達のざわめきが収まった。

「あー。それと今日体育があると思うんですが、彼は男子です。何処で着替えるかなんかも教えてあげてください。」

円華が思い出したように言った。



______。


教室は絶対零度と化した。












担任ということですこし序盤は円華の出演が多いですね。

ほんとはもっといろんなキャラを描きたいのですが。キャパがあるので。

あと、香織の設定に中学生のころからの友人となっていましたが、誤りです。

正確には小学生のころからの友人です。すでに修正は行いました。

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