いつかの約束があったからこそ。
騎士の試合が終わり、彼らは互いを讃え合っていました。観戦も終わりに近づいております。現れたのは舞い手達。国立劇場で演じている彼らは、本日殿下が来られるということもあっての出演でした。
「……素敵ですわ」
布を使って優雅に舞う。波打つ光景はとても魅入られるもの。夕焼け空があいまってでもありました。
「――こちら、喉に優しいお飲み物となっております」
「ありがとうございます」
側近殿が新たに注いでくれたのは、蜂蜜とレモンのジュースでした。実は助かりましたの。喉は枯れ枯れ、咳込むのも躊躇われる場でもありますから。
「ああ、潤いますわ……」
私の喉はものの見事に復活しました。上流ジュースのおかげですわね。
「……おほん、シルヴァン? こっちにはないのかー? 俺だって飲みたいぞー?」
殿下は恨めしそうにしておられました。
「おや。日頃は飲まれませんから、てっきり」
「今は飲みたいんだっ。というか、俺だって結構叫んだんだかんな!」
「はい、かしこまりました」
「まったく」
殿下相手といえど、側近殿は徹底してはいないようです。このお二人の信頼関係あってこそでしょうか。仲睦まじいとも思わせるほどです。
日が暮れていきますわね。良き時間でした。本日の逢瀬も――。
「アリアンヌー? この後、どうするー?」
……その、随分とラフめにお誘いなさるのですね。さすが殿下ですわ。周囲の険しい視線もお構いなしですもの。私、ドレスの下、汗だくだくでしてよ?
この後の予定となりますとお食事?、この時の私は思っておりましたが。
「……夜の部。コロシアムはまだ続いているからな」
「……」
私はどう返事してよいのか。言葉を失いそうになった。それではいけないと、無理にでも言葉を捻り出す。それでいて相手は殿下、失礼のないようにと。
「そうですわね……」
こちらのコロシアムには、表の顔と裏の顔がありますの。私達が見てきたのは表の方。国が認可しているもの。スポーツの祭典といえるもの。
けれども、裏の顔は違うのです。そこは無法地帯。非合法のもと、乱闘や奴隷同士の戦い、ダンジョンから捕らえた魔物と戦わせることも。
昔よりかは改善されています。それも、現国王陛下方のご尽力があってこそ。それでも、未だに無くなってはおりません。難しい話でもあるのでしょうね……。
「……意地悪な質問だったな。すまん」
殿下は私から目をそらし、コロシアムの舞台に目を向けていた。晴れ晴れしい舞台は変貌し、荒くれ達の活躍の場となっていく。客層もそう、入れ替わりつつあった。
「……殿下のお誘いでしたら。謹んでお受けしますわ。拝見しますわ」
殿下が夜の部も見たいと仰るのなら。たとえ――私が見たくないものだとしても。 本当は目を瞑りたいもの。ですが、殿下がそう仰るのなら。そして、現実として目を背けない為にも。
「……アリアンヌ?」
殿下は信じられないといった目で、私を見ていた。私は殿下の強い視線に晒されながらも、続ける。見つめ返すと、圧倒されそうになる。本当に強い眼差しだこと。
「殿下は覚えておられますでしょう? かつて――私に語ってくださったこと。この国を良くしていきたい。差別もなくしていきたい。民が、全ての民が暮らしやすいようにと」
「……それは」
……殿下? あなた様にしては珍しいこと。そのように迷っておられるなんて。それからの殿下は無言だったので、私は続けることにした。
「こうとも仰いました――支えてほしいと。共に良い国を作っていこうとも」
「……」
殿下は黙られたまま。覚えてらっしゃらないのでしょうか。確かに、と私は思い直しました。
転生してからは……仰っていませんでしたわね。私が見知ったのはゲームでの話でしたから。
出逢った時のお話として、私も存じているのですから。私も素晴らしいと思いましたもの。
……アリアンヌ様だってそう。この言葉にきっと、感銘を受けたのでしょう。だから、アリアンヌ様は努力をしてきた。私は彼女の努力を知っていたから。令嬢としてもだけど何より。あなたの隣に立てるようにと。
「……アリアンヌ・ボヌールに。そう語ってくださいました。それが望みでもあるのです」
私は殿下の目を見つめ返した。鋭い方だから……悟られないように。
今はまだ、難しい。アリアンヌ様自体、取り戻せてないから。それでもいつか――彼女に返せるように、『私』は諦めずに続けていく。
「……それでいいのか」
「……え」
殿下の強い瞳。彼が見つめているのは、アリアンヌ様のはず。なのにどうしてか、もっと奥深くを見通すかのようで――。
「……ざーんねん」
「殿下?」
何が、何が残念だというのです。
「アリアンヌは見たいかもしれないけどなー? 残念、もうディナーの準備してもらってるんだなー?」
「……?」
ディナー? ……ええと、お誘いですの? 晩餐の? ああ、顔が呆けたままでしたわ。笑顔笑顔。
「……まあ、よろしいのですの?」
「もちろんだっ! アリアンヌが久々に来るって、うちのが大張り切りなんだ! わははは!」
「まあ、おほほほほ」
殿下は盛大に笑っておられます。私も便乗して笑いました。笑いが絶えない場でありますわね。
「……殿下、よろしいでしょうか」
……今が好機でしょうか。私の手にあるのは、殿下に向けたプレゼント。殿下ならきっと、受け取ってくださると信じて、いざ!
「本日のお礼と申しましょうか。受け取っていただけましたら」
「……俺に?」
「はい」
殿下は驚かれていますし、戸惑ってもいらっしゃいます。殿下……?
あなたに対応した宝箱からですし、きっとあなたにも気に入っていただけるはずです。
そうです! 別の方向けの宝箱から出た同系統のそれも、好感度が上がってましたし。こちらはプレイ時の話になりますわ。間違いなし、そのはずですわ。
「……そっか、そっかぁ! ありがとなぁ、アリアンヌ! 開けてもいいかー?」
「ええ、どうぞ」
殿下は破顔されました。私はその反応に安堵しました。殿下は開封すると。
「……?」
首を傾げていました。その御反応はどういったものでしょう……? 中身は、殿下が喜ばれるはずのもの――『不思議なプラプラ人形』でしてよ? 明るめの色合いでニコニコ笑顔、関節も動かせますのよ?
従姉からの情報もそう。こういったものを好むと太鼓判ですし。というか、虹色の宝箱から出ましたし。
「……殿下?」
気に入らなかったということも……?
「……はははっ! いやぁ、驚いたぁ! よく、俺が欲しいのがわかったなぁ」
「!」
殿下は笑顔を見せてくださいました。人形を手にとっては、関節を動かしています。それから側近殿に預かるようにと命じていました。
「ああ、笑った笑った――では、参ろうか」
「……ええ」
殿下の手が自然と――私の手をとる。エスコートされながら、私は来賓席を後にすることになった。




