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殿下からのお誘い。

 殿下は私に眼中なし。それは変わらぬこと。なのにあなたというお方は――。


「――ああ、私のアリアンヌ! 可愛らしいわ、とても似合っているわよ!」

「お母様、ありがとうございます」


 春の陽気が強まる休日。私は念入りに着飾られていました。その様を見て絶賛するのは、私の母です。一張羅のドレス、勝負服ですわね。


「……ああ、私のアリアンヌ。くっ、この花のような姫を送り出さねばならない……これも公爵の務め!」

「……お父様もありがとうございます?」


 ロビーの柱の影から、父が見てきています。それも歯を食いしばりながら。


「……はい、アリアンヌ様。お似合いでございます。はい」


 目が死んでいるイヴや、にこやかな従者達総出でやってきてくれました。彼らもまた、誉め立ててくれています。照れますわね……。


 はい、本日。周囲がこうも張り切っているのも、当然ともいえましょう。

 なにせ、あの王太子殿下からの誘いですもの。私も仰天しておりますとも、ええ。これまで全くなかったわけではございませんが、ほとんどなかったわけですから。


 予想だにもしないお誘いではあります。今回のことで殿下のことを知れたのなら、今後にも生かせることでしょう。



 観衆が沸き立つコロシアム。殿下が連れてきてくださった場所です。私達は特別席で観覧しております。


「まあ……!」


 本日は騎士同士の試合。高潔なる精神に乗っ取って、力をぶつけ合っています。私も見入ってしまいましてよ。


「――失礼致します、アリアンヌ様。お飲み物はいかがでしょうか」

「ええ、そうですわね。お願いしますわ――シルヴァン殿」


 私は熱中のあまり、飲み物の杯が空になっているのに気がつきませんでした。それに気づき、しかも一戦を交えた頃に声をかけてくれた殿方。彼は王太子の側近であります。


「かしこまりました」


 柔和な笑顔を見せてくれたのは、シルヴァン・フーフォル殿。長めの前髪を上げておられる、儚い印象を与える麗しい男性。かつ、あの殿下の側近であられる方。とても有能ですもの。所作の一つ一つも品がありますわ。私も勉強になります。


『シルヴァンはね、とにかく大人なのっ! 落ち着いた物腰にときめいて、ねっ?』


 と、従姉からのアドバイス。ええ、大人びてもおられますし、落ち着いてもいらっしゃいますわね。私も見習いたいものですわ。


「……」


 こっそりと持ってきたのは、ダンジョンで手に入れたプレゼント。一応、シルヴァン殿の分もありますが。


「アリアンヌ様?」

「いえ、何でもありませんわ?」


 私の窺うような視線に気づかれたのか、彼と目が合った。優しそうな方ですもの、プレゼントにも嫌な顔はされないでしょうが。いかんせん……突然過ぎますわね。段階を踏みましょう。


「あー、俺も俺も! 頼むぞ、シルヴァン!」


 杯を高らかに上げて、笑顔満面なのは殿下。本日、私を誘ってくださった方。


「はい、かしこまりました」


 朗らかな殿下に対し、側近殿は落ち着いたご様子。本当に対照的なお二人ですわね……。


「アリアンヌ、楽しんでるかー?」

「ええ、とっても。本日のお誘い、深く感謝しております。誠に――」

「かたいかたいぞー、もっと楽しめ――?」

「は、はい……」


 圧倒的な陽のオーラに、私はつい萎縮してしまいましたわ。

 この光り輝くお方は、エミリアン・セラヴィ・ドゥラノワ様。我が国の王太子殿下、私の婚約者でもあらせられますわ……現時点では。


 相手は尊きお方、ご本人の才覚も優れていらっしゃる。真ん中に分けられた髪に、意思の強そうなくっきりとした目元。整ったお顔立ちでいて、笑うととても親しみ溢れたものになる。殿下の聡明さとお人柄が表れているのでしょう。


「おー、やれやれー! そこだー、いけー!」


 殿下は大変エキサイトしておられます。叫びながら、知り合いの騎士を応援していらっしゃいます。

 羨ましい……正直な感想ですわ。私は令嬢、そのように叫ぶことなど許されませんもの。お隣には殿下もいらっしゃいますし。それに。


「……」


 私の従者は外で控えてもらっています。ここは、王族の側近のみが控えるのを許された場。私の一挙一動に目を光らせておいでです。私は公爵家の名において、そぐわない行動など。


「アリアンヌ」

「……! はい、殿下」


 殿下は眉をしかめていました。笑顔を絶やさなかったつもりなのに、ご不興をかってしまったのでしょうか。


「君も叫ぶんだ、アリアンヌ!」


 殿下は私の顔を覗き込み、そう仰いました。近くなった分、殿下の大声が直にきましたわね。ええ、私は笑顔のままですが。笑顔のまま、殿下に尋ねてみました。


「叫ぶと仰いましたが、よろしいのでしょうか……?」


 私が気になるのは周囲の目。彼らもまた、殿下のお言葉に戸惑っています。側近殿は笑みをたえたままでしたが。


「――俺が良いと言っている。周りなど気にするな」

「……!」


 なんと強き眼差しなのでしょうか。こうも射すくめられるかのような。


「……かしこまりました」


 私も、おそらく配下の方々も。誰も反論することなどない。彼が、次期王者たる彼がそう仰るのだから。


「……すう。素晴らしい試合でしたわよー! 次も期待しておりますわー!」


 私は息を吸って、騎士達を讃えた。大きな歓声、私の声をもかき消されそうですわ。


「うんうん、その調子だ。けどなー、もっと叫べるだろ?」

「まあ、殿下」


 殿下は腕を組んで頷いておられた。さらに、私への期待を上乗せしました。

 そうですわね、もっと声は出せますから。私はさらに声を張り上げることにしました。喉が辛くもなってきましたが……何より楽しいですわ! 


「うんうん、うんうん」


 殿下はしきりに頷いておられます。満足していただけたのかしら。

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