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記憶の共有、作戦会議。

 さて。三月でございます。といっても、私は女学院を卒業しており、春休みを迎えておりました。この期間も準備やら修練やら山積みではありますわ。


 朝食を終えて、しばしの休憩。この後、家庭教師の先生とのお時間になります。


「アリアンヌ様。少しだけよろしいでしょうか」


 イヴ。彼が私の元へとやってきました。そうですわね……彼もまた、記憶が無い状態ではありますわ。


「――ええ、よろしくてよ」


 ちょうど話をしたいと思っていたところ。私は快諾しました。



 私が自室に招き入れると、イヴは。


「……失礼致します」


 イヴは遠慮がちに入室してきました。


「イヴ、こちらです」

「えっ……!」


 私が手招きすると、イヴは逡巡していました。窓際の席、向い合せになりますわね。


「落ち着いて話がしたいのです。あなたもいらっしゃいまし」

「か、かしこまりました……」


 イヴは座る席も引いてくれたので、座りましょうか。彼も躊躇いつつも向かいに座ってくれました。


「イヴ。あなたの書物ですが」


 イヴが大事そうに抱え、持参してきたもの。今はテーブルの上に開かれている書物。私は問うてみることにしました。


「……ああ、こちら? 僕にも覚えがないものだったけど、どうしても気になってしまって。読めば読むほど不可解だったけど」


 不可解。そうは言っても、イヴ自身には大切なものだったよう。彼が見せてくれたのは、しわくちゃになったページ。書き殴られた文字。字が綺麗な彼からは、想像がつかないような――必死さが伝わってきて。


「……忘れたくない、忘れたくないって。色々、信じ難いことも書いてあって。あと――『僕はセレステだ』とも」

「ああ……」


 繰り返しの日々の弊害でしょうか。私が例外なだけで、前世の記憶をも失くしてしまうのでしょうか。だとしても、彼は覚えていようとしたのですね。


「……」


 私が彼に伝えていたこと。にわか信じ難い内容ばかりで。信じる方が難しいですわね。


「アリアンヌ様」


 イヴが私をまっすぐに見つめる。彼は言う。


「不可解で信じられないような内容。だけど、あなたが肯定してくださるのなら――僕は信じます」

「……イヴ」


 いつかのあなたもそう言ってくれましたわね。私の言葉なら信じてくれるのならと。


「……ありがとう、イヴ」


 信じてくれてありがとう、イヴ。私を信じてくれたこと、嬉しくてたまらないのです。こうして、微笑まずにはいられないほどに。


「……」


 イヴはしばらく私を黙って見てましたが、改めて書に目をやりました。


「……最後にこれだけ。アリアンヌ様にご確認をって、書き記されていて」


 イヴは該当のページを記しました。そちらは好感度が記載されているページ。そちらもまあ、くしゃりとなってましたわね。たまたま力んでしまっていたのかしら。


「……まあ」


 私も拝見しました。四名の殿方の私への好感度、それが記されています。さあ、確認確認。


 バツ印はなくなっておりました。そちらは安堵するも、私は現実に直面してしまいました。

――いずれの殿方も好感度は底面スレスレ……世知辛い現実ですわね。


「ヒューゴ殿もそうなりますのね……」


 一度はエンディングを迎えたヒューゴ殿。彼の器は元通り、けれども底面を這う好感度。何もかも他の殿方と同じかと思われましたが。


「……ん?」


 ヒューゴ殿は――紫の薔薇を手にしたままでした。表情もにこやかなまま。


「もしや、周回特典?」


 確か、うろ覚えではありますが。早口従姉が言っていたような……? 一度攻略さえすれば 変化がある……的な? ああ、はっきりと思い出せませんわ! 


「ヒューゴ殿……」


 ヒューゴ殿も記憶はないでしょうし、思い出の品も残されておりません。


「ふふ」


 それでも何もかもが無くなったわけではありませんでした。私の顔は綻びました。


「……ふーん」


 面白くなさそうな声、イヴからです。睨み据えた目で好感度のページを見ております。


「……まあ、いいです。『友愛』だったっけ? 友人止まりだっていうし」


 先程の殴り書きのページにもありましたわね。友人止まり、友人止まりと連続で綴っておりましたわね。あまりの連続ぶりに闇を感じてしまいましてよ……。 


 頃合いですわね。先生もじきに参られます。


「それじゃ僕、行くね。お時間割いていただきまして、ありがとうございました」


 イヴもまた、雑務があるようなので退室していきました。恭しい態度に切り替えて、ですわね。慣れたものですこと。


「……ふう、これもまた現実ですものね」


 私は好感度のページを思い出した。これからの攻略予定の方々の、無といってよい好感度。


「殿下、あなたもですのね……この時点ではまだ、何も起こっていませんのよ?」


 婚約破棄もされてないでしょうに。わりとショックでもありますのよ……? 昔からの付き合いでもありましたのに。ですが、元々家同士の婚姻でもありましたものね。そこに気持ちなど無くても良いと。


「……よし」


 前を向きませんとね。建設的なことを考えましょう。そう、建設的な。


「殿下は後回しにしましょう!」


 ……建設的ですわよ? 私自身、大納得してますもの。


「私はあなたのことを何も知らない。知らないことばかり」


 とても寛容で器の大きい方。敬愛すべきお方。一方であまりにも深すぎて……。


「もちろん、他の殿方にも相手にされておりません。ですが、あなたこそ……」


――私に対して、何も感情がないのではないか。


「となりますと」


 殿下の側近の方……そして、オスカー殿。このお二方に絞られますわね。


「……オスカー殿」


 オスカー殿は結局、告白してきた彼女の想いに応えたのかしら。それはわからずじまい。


「……」


 ブリジット様。私が思い浮かんだ彼女に、オスカー殿は恋をすることになる。あの時は確か、一目惚れだったかしら。


 どの殿方もそう。ブリジット様に惹かれるのは必然なのでしょうね。それでも私は、引くわけにも参りませんから。


「――失礼します、アリアンヌ様」

「!」


 部屋をノックする音がした。先生がいらした。また一日が始まりますわね。




お読みいただきまして、ありがとうございました!

明日も投稿予定です。

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