たとえ記憶をなくしても。
私はイヴを自室に招き、所定の位置へ。窓際にあるテーブルと椅子。日も落ちようとしていて、影も作っておりますわ。
「――それで、こっち。やっぱり変動はないかな」
口語なのはイヴです。人目のない時は、このようなやりとりになっております。訳があってのことですが、私も承知していますわ。私自身も気が楽でいられますから。
「……ええ、変化はありませんわね」
イヴが見せてくれたのは、彼が記した書。攻略対象の情報が記載されているのと、他にも特徴がありますの。
ハートの器に、液体が入っていると申しましょうか。本物ように波打っているのです。そちらを見ることで。――私に対する好感度を確認することが可能なのです。
デフォルメされた対象の方々。内、三名はバツ印をつけられています……不可、ということですわね。
ただ一人だけ、違います。その方は、私がエンディングを迎えた方。
――ヒューゴ・クラージェ殿。伯爵家の令息でもあられる彼。真面目で規律正しい、一見そうみえる方。でもそれだけではないの。
私は彼と心を通わせ、迎えたのです――友愛エンディングを。
「……ええ」
割れた好感度の器は据え置き。それでも変化は訪れていました。イラストのヒューゴ殿が手にしていたのは、紫の薔薇でした。表情もにこやかです。
「ヒューゴ様ねぇ……」
イヴは片側で頬杖をついてます。イヴは大層面白くない様子。彼が横目で見ていたのは、テーブルの上にあった花瓶でした。以前、ヒューゴ殿に頂いた花々が生けられています。
「……あの花、長いよねぇ。なんか、怪しい魔術とか疑いたくなるっていうか」
「あ、怪しいなどでは。ヒューゴ殿が教えてくださった、秘訣があってこそです」
と言いつつも、私も少しばかり怖ろしくなっておりました。だって、かなり前のものになりましてよ。三か月そこらの。長い……ですわね。
「ほら、やっぱり。アリアンヌ様も怖がっている」
「こっ! 怖がってなどおりませんわ。ええ、怖がってなど……」
この夕暮れ時という雰囲気もまた、醸し出しておりましてよ? いえ、怖がってなど!
「お、贈り物ですもの! ええ、ヒューゴ殿からの心温まるものでしてよっ!」
確かなる贈り物。それをいわくがあるのだろうと、疑ってはなりませんわね。ああ、イヴが怪しんでおりますわ……。
「話、変えるね。ねえ、アリアンヌ様――この後はどうなるの?」
イヴは頬杖を止め、姿勢を正しました。真剣な表情をしています。
「それは……ですわね」
ヒューゴ殿との関係は改善されました。といっても、私達の関係は友愛。付き合うわけでも、将来を約束したわけではありません。あれだけ毛嫌いされていた中で、奇跡だと思ってはおりますわ。
イヴは知りませんものね。また、巻き戻ってしまうだなんて。
「……そうですわね」
イヴは――私の大切な人の生まれ変わりだったという。私の大親友といっていい子達の一人、セレステ。その生まれ変わりだって、イヴは言ってくれました。現に、私の不可解な話も信じてもくれていますから。
「ええ、話しましょう。いわば因果を解放するといってよいもの。ヒューゴ殿はそうなりましたが、三名残ってます。私は彼らとも心を通わせる為――日々を繰り返すことになるのです」
イヴ。あなただから話せるのですから。
「……そうなの?」
突如語った事実に、イヴは書物の紙面を強く握っていました。本人は、あ、と声を漏らすと手を離しました。
「……ええ。記憶もきっと、消失してしまうでしょうね」
それはヒューゴ殿もそうなのでしょう。
「……きっと、僕の記憶も」
「例外はありませんわね……ですが」
イヴの記憶とてそうでしょう。ここはいわば、乙女ゲームの世界。最初からの攻略となりますし、私のプレイ時でもそうでした。なけなしの好感度がまた、ゼロからという。
でもね、イヴ?
「私は信じておりますから……あなたが信じてくれると」
「!」
私はイヴの瞳を見つめた。私はあなたを信じているのです。たとえ、また荒唐無稽な話を聞かされたとしても、あなたなら信じてくれると。それは私の願望でもあります。
「はい、アリアンヌ様」
「ありがとう、イヴ……」
イヴからの確かな返事もあり、私は微笑みました――。




