月の花。
夢のような夜会から、一夜明けて。学園での生活も過ごしまして。
私は自室の窓辺に立っていました。月は雲に覆われております。おそらく、雨季に突入したこともあるのでしょう。先月のは異常気象だったのかと。
「今宵、ですわね」
私は学園の制服を着ておりました。夏服となっております。と申しますか、夏服素材の長袖ですわね。何気に寒がりですのよ。
「……見つからないと良いのですが」
イヴとかイヴとかイヴとか。夜中の脱出に彼が勘づかないことなど、ありますかしら。
「……あら」
私の部屋に入ってきたのは、不思議な蝶でした。紫色をした透明がかった蝶。見たこともない種です。でも、不思議ですわね。私はその蝶を見て、安心しましたの。
蝶は私を誘います。窓ではなく、家の廊下を飛んでいく。見つかるのでは、そう思いながらも私はついていきます。
本当に不思議。私は誰に見つかることもなく、玄関口までやってきました。両手で扉を開けます。そこにいたのは――。
「……こんばんは、アリアンヌ様。その、貴女もですか」
ヒューゴ殿でした。夏服をきっちりと着ておられる彼もまた、蝶に戯れられていたのです。
「ごきげんよう。ええ、そうみたいですわね。……悪い気はしませんわ」
「……ええ、私もです」
私達は目を合わせて微笑んだ。
時間をかけて学園まで歩いていく。私達は、とりとめのない会話も。時には沈黙も。そうして並んで歩いていたのでした。
学園の警備に見つかることもなく、温室までやってきました。ヒューゴ殿は、事前に準備を
していました。辺りそこらにランタンが置かれております。明るいですわね。
水辺にあるのは、開花間近の花。
私達はしゃがんで眺めていました。自然と距離が近くなりましたが、その、見やすい位置となりますと。
「……頭上、ご覧ください」
ヒューゴ殿が指したのは、透明になっている天井。見上げると夜空がありました。先程のまでの曇り空はどこへやら、満天の星空でした。周りを飛び回っている蝶たち。あなた達の仕業だというのかしら。粋な事なさるのね。
「月の光を一身に浴びて、花開くと言われてます。ほら――」
「まあ……」
私は手を口元に。まるで魔法のような光景を、目にしました。
今にも開こうとしている花に、月の光が降り注いでいたのですから。ああ、たった今――。
「綺麗ですこと……」
目を奪われずにはいられませんでした。開花したのは、美しき花。今も輝いています。
「……。綺麗ですね」
「ええ、本当に……」
率直な感想でしょうか? ですが、それで十分なのです。綺麗という言葉、他に言い表しようがありませんもの。
「――名前は、『月の花』。私が発見しました。以降、大切に育てているのです」
「まあ、すごいですわね」
発見なんて、すごいではありませんか。お名前もシンプルイズベストですわね。私は評価しましてよ。
中央にあるのは、何かしら? 丸みを帯びていて、宝石のようです。
「……こちら、どうぞ」
「え!」
ヒューゴ殿は迷いなく摘んで、私に渡そうとしています。驚きの余り、声を出してしまいましてよ。
「良いのでしょうか……? 私、物欲しそうに見ていたかしら」
「ええ、その通りです。わかりやすい方だ」
「まっ」
相変わらずはっきりと言いなさること! 私が顔をしかめると、ヒューゴ殿は楽しそうに笑っています。……もう。
「元々、貴女に差し上げるつもりでしたから。宝石を宿す花でして、月の魔力が込められています。お守りにもなればと」
ヒューゴ殿が立ち上がったので、私もそうした。
「……良いのでしたら。ありがとう、大事にしますわね」
私は両手を出した。丁重に頂きましょう。
「……ええ、そうしてください」
ヒューゴ殿も手を添えて、私の手の平にそちらを渡してくださる。ふと、手が触れ合ってしまった。
「……」
「……」
お互い、黙り込んでしまいました。ええと、私から手を引っ込めようかしら。
「……アリアンヌ様」
「え……」
触れられた手、それは包まれていた。私は今、ヒューゴ殿に手を握られていた。




