イヴの決別。
「……アリアンヌ様。そちらの方角は」
イヴは顔色を悪くしながらも、私についてきてくれている。だが、限界でしょう。私も『あの人』に出来れば会わせたくない。
「イヴ、命じます。あなたは入口に引き返し、応援を呼んできなさい」
「それはっ!」
「命令です」
あなたは応援を呼びにいってくれればよい。十分な大役です。
「私は禍根を絶ってきます。追撃も防ぎたいのです」
時間もかかってしまいましたからね。いつ見つかってもおかしくないものです。憂いは絶っておかないと。
ざっと、足音がした。それは下品な笑いと共に。
「……おいおいー? 王女様を逃がしたと思いきやぁ? ――公爵家のご令嬢じゃねぇか」
「おいおい、まじかよぉ」
ああ、出くわしてしまいましたわね。連れを伴った男――イヴの父君に。
「イヴよーう? 献上でもしてくれんのかぁ? 詫びにかぁ? 高値で売れそうだもんなぁ?」
「なんだよ、お前の息子なのかぁ? 似てねぇなぁ」
男達は棒立ちのイヴに絡んでおります。
「……ふざけるな」
イヴは小さな声で言うも。
「あーん? 聞こえねぇなぁ」
父親はこれでもかと、立ち尽くす息子に絡んでいるのです。ああ、耳障りな笑い声だこと。
「そう、あなた達が……」
追手に回っているのですから、大元ではないにしろ。ブリジット様の誘拐事件に関与していたのですね。そのようなことに手を染めるなんて。
「あなたという人は……」
そこまで堕ちたのですか。こちらが暴いたこともあったから。
ですが、私は後悔などしていません。あの時、助けに入ってなければ……イヴは。
「イヴ、お下がりなさい。最早、賊といえましょう。このまま見過ごしてはいられません」
武器は持参しておりませんでしたので、素手で構えます。
「アリアンヌ様……!」
イヴ。今もなお、手を強く握りしめているではありませんか。こうして立っているのもやっと。
けれど、そんなあなたも讃えたいのです。そんなあなたに報いる為に、この者からあなたを守ってみせます。
「……油断するなよ。このお嬢様、只者じゃねぇ」
父親の方は私に警戒しています。幼少期のこともありますからね。私とて、油断など――。
「ぶっ!」
私に投げられたのは催涙弾。開幕早々、やられました! あまりの痛みに、目も開けていられません。
「お嬢ちゃーん、へへ、優しくしてやるからよぉ……」
この声は、連れの男の方ですわね。ですが――みくびらないでもらえるかしら!
「心眼がありましてよ!」
「ぐはっ!」
私は心の眼で相手を見極め、みぞおちに一発。上手く相手は倒れてくれましたわ。ですが、父親の方が残っております。
「……お前のせいで、俺は、俺はなぁ!」
恨みが込められた男の声。一気に距離が詰められます、反応が遅れてしまった私は、回避も間に合いそうになく。一発はくらうしか、そう覚悟していた時――。
ドカッと、鈍い音がしました。何者かが地面に叩きつけられていた。音での判別。下からは男の呻き声と。
「……なんで、アリアンヌ様のせいなんだよ。お前が害悪なだけなのに」
「イヴ……?」
暗い声をしたイヴと、やっとの思いで声を出す父親。
「……僕が、もっと早く覚悟していれば。前に会った時に、さっさとこうしてれば良かったんだ」
「ぐっ……」
また一蹴り、いれられたようです。それからは立て続けに。
「……申し訳ありません、アリアンヌ様。僕の覚悟が出来ていれば。かつての父親だったからって、躊躇っていたばかりに。もっと早くに始末を――」
「イヴ!」
私は彼の名を叫んだ。そうだったのですね。あなたは、ただ恐怖があったわけではない。彼はずっと耐えていた。こうして、暴走しないように。――手にかけてしまうことがないようにと。
「これ以上は許可を下しません……おやめなさい、イヴ」
「……アリアンヌ様」
イヴは手を止めてくれたようです。父親は地面に這いつくばって、呻き声を上げるのみ。戦意は喪失しているようですわね。
「……よくぞ止めてくれました」
私は手探りでイヴに近づいていく。
「……アリアンヌ様」
声と共に、私はイヴに両腕を掴まれました。そのまま上げられます。
「……僕はここです」
私とイヴの距離が近まったようです。ぐいっと引っ張られましたから。
「そのまま、顔を上げてください」
「こう?」
私はイヴの言われるがままに、顔を上げた。両腕はその時に解放されました。
「……」
少しの沈黙があったものの、イヴは失礼しますと、私の眼を指で開けた。これは、目薬ですわね。両目とも視界がはっきりしてきました。見えるようになりましたわ。
「ありがとう、イヴ――」
「……ねえ、アリアンヌ様。僕は、あなたを守りたかった。でも、父親の存在が枷になっていたから」
「恐怖もそう、暴走も……かしら」
「はい……。あなたが止めてくれなかったら、僕は」
目に映してようやくわかった。イヴの悔いる顔を。
「……また、命じてでも止めますわよ。なんなら、武力ででも」
「……え」
イヴはぽかんとしておりますわ。私は続けますけれども。
「だから、イヴ。私の側にいてちょうだい。私にはあなたが必要なのです」
「……アリアンヌ様」
私の心からの言葉。あなたに届いていたのですね。イヴは静かに頷いてくれました。
「……では、早速。このまま殴り込みにいきましょうか!」
「……え」
またしても、その反応ですわね!
「応援に向かわせましょうか?」
「……いいえ。そのくらいなら、共にします」
そうですわ、そうこなくちゃ。
「――僕があなたを守りますから」
イヴはそう宣言してくれました。




