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ヒューゴ殿の決別。

 小部屋に入ると、すすり泣く声がするではありませんか。私は仰天しかけましたが、この声の主が誰なのか。すぐにわかることになりました。


「ヒュ、ヒューゴさまぁ……」


 詰まれた箱の裏に隠れていたのは、ブリジット様でした。彼女はよろめきながらも、ヒューゴ様に抱き着いてこられました。


「……ブリジット、よくぞご無事で」


 ヒューゴ殿は拒まれません。それもそうでしょう。ブリジット様は衰弱しておいででしたから。二人は地べたに座りました。より、ブリジット様は彼にもたれかかっております。


「うん、うん……私、必死に逃げてきて」


 彼女は余程、不安なのでしょう。ヒューゴ殿の胸元にしがみついておりました。


「ええ、存じてます。頑張りましたね」


 ヒューゴ殿は手際よく、携帯していた治療薬を彼女に投与していました。上手い具合に口に放り込んでおりました。彼女が飲み込むと、安堵の表情を浮かべておられます。


「……ありがとう、ヒューゴ様。それに、アリアンヌ様達も」

「本当に無事で良かったですわ」


 容態は落ちついてこられたようですわね。一安心です。


「……このまま、戻りたいところなのですが」


 ヒューゴ殿がそう言うも、ブリジット様はうまく立ち上がれないようです。追手もおりますわね。ここまで身を隠せて見つからなかったのも、運が良かったのでしょう。


「ヒューゴ様……」


 ブリジット様はすっかり、ヒューゴ殿に身を委ねております。彼が側にいた方が安心なのでしょうね。


「……私のすべきことは」


 私はこちらの二人を見ました。次にイヴを。ええ、そうですわね……まともに動けるのは私でしょう。


「……応援を呼んで参ります。イヴも連れていきますから」

「アリアンヌ様!?」


 声を上げたのは、ヒューゴ殿でした。が、彼はすぐに縮こまります。見つかるところだったと自省していました。


「……失礼しました。ですが、アリアンヌ様。貴女こそ身を隠していただいた方が」


 そうはさせない、とヒューゴ殿は立ち上がろうとしていた。


「……ヒューゴ様、行かないで」


 ブリジット様はしがみついたまま、ヒューゴ殿を行かせまいとしていました。私の偏見ではありません。現に、完全にもたれかかっている状態ですから。


「……」


 二人きりの状況。いいえ、どのみちこうして今。この二人が再会した時点で。ブリジット様は私に構うことなく――駆け落ちの話をするのでしょうね。


「私、不安なの……。だから、お願い。一人にしないで」

「……埒があきませんからね。アリアンヌ様、お願い致します。イヴ殿も今度こそ――」


 いえ、とヒューゴ殿は言いやめました。そうですね、イヴのことそうおっしゃらないで。

 彼は今、トラウマと対峙しているのですから。だからイヴ、私の対してそのように申し訳なさそうにしなくてもよいのですよ。


「……そう。ヒューゴ様は、私を選んでくれる。こうやってずっと、私の側で」


 今の彼女は確かに、勝利に酔った顔をしていました。先程までの恐怖は本当だと信じたいところですが、ヒューゴ殿によって安心したのもまた事実なのでしょう。

 ヒューゴ殿も抗えないだろうと――。


「――ブリジット。貴女の側にいるのは私ではありません」


 ブリジット様を受け止めたまま。彼女の体温に触れたまま。それでも、今のヒューゴ殿の目に宿る彼女への思いは。


「貴女の側には殿下がいてくださいます。あなたを生涯、守り抜いてくださることでしょう」

「ヒューゴ様……? だって、あなた、私のことが好きで……」

「……はは。そうですね。貴女に思いを伝えられたら、そう考えていた時期もありました。ですが、私は貴女に捧げた花束。決別の意味を込めて送りました」


 熱情に浮かされたものでも、愛しく思うものではなくなった。――決別をしていたのだと。


「貴女の国の花を手配しました。花言葉に興味があるって、そう仰っていたから」

「そ、それは……」


 ブリジット様の目は泳いでいます。それを気にも留めずに、ヒューゴ殿は。


「シンプルに――結婚おめでとうございます。お二人に幸せが降り注ぎますように。祝福を込めました」

「え、ええと……」


 ブリジット様はちらちらと、私の方を見ています。そうですわね、お話が違うのではなくて? 


「で、でも! 私は……」

「ブリジット――貴女を殿下の元へお連れしますから。必ずです」


 ヒューゴ殿はどこまでも毅然としておられた。そこに迷いなどない。本当に決別したのだと、彼女に伝えるかのように。


「……」


 ブリジット様はそれからは口を閉ざされた。そっと、ヒューゴ殿からも離れて。


「……私も同感ですわ。コケにされた立場から申し上げます」


 この際ですわ。私も言ってやりましょう。


「――幸せになっていただかないと、許しませんわよ? どうぞ、よき国交を築き上げてくださいませ」


 私はドレス姿がなかったのものの、貴族として挨拶をした。イヴを連れて、私は小部屋をあとにした。




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