消えたブリジット。
胸がざわつく夜。私の心は騒がしいまま、寝つけないままでしたの。
「ああ……」
雨、降り出してしまいましたわね。昼間はあれだけ晴れておりましたのに。
「眠れませんわ……」
喉も渇きました。部屋にも水差しはありますが、温かい飲み物を飲みたくもなったのです。私は台所まで移動することにしました。
階下まで下りてきますと、何やら騒ぎになっておりました。
「――ブリジット様が見つからないだって!?」
「!」
なんですって。私は耳を疑いたくもなりましたが、続けて耳を済まします。
「……なんてことなの」
私は盗み聞きをした後、話を整理しました。聞けば聞くほど、信じ難いことです。ですが、事実なのでしょう。まさか。
――ブリジット様が無断で外出された後、行方をくらませているだなんて。
「……彼の元へ、でしょうか」
駆け落ちの話。それをまだしていなかったのでしょう。親しいあなた達なら、いくらでも話す機会はあったはず。ブリジット様は登校をされなくなったけれど、ヒューゴ殿が訪れてなかったとしたら。
「本当になんてことなの……」
ヒューゴ殿がもう、彼女の元へ訪れなくなってしまった。だから、ブリジット様は強行手段に出た。もう残された時間もわずかだったから。
「……急ぎましょう!」
私は一人頷いた。外出の説得や護衛依頼。そうした時間が惜しかった。一度自室に戻ることに。
「……」
自室に戻った私は、まずは着替えることにしました。軽装になり、髪もひとまとめに。
それから、窓からテラスへと出ました。ここから降り立つ必要があります。前回の死因は転落死。幼少の頃ほどではないですが、今でも怖くはあります。
「……いざ!」
恐怖心を抱いたまま、私は飛び降りました。
「はっ!」
若干痛みはしたものの、着地。そうです。今はこの、鍛え上げた肉体を信じましょう。さあ、急ぎますわよ!
私はヒューゴ殿のご自宅目掛けて、走り出しておりました。その最中、思うのは彼らのこと。
「……ブリジット様、あなたはそこまででしたのね」
このような無茶をしてまで、ヒューゴ殿に逢おうとした。
「あなたや、ヒューゴ殿の本当の幸せ。私は時に考えるのです――」
私達は身分ある立場として、家の為の結婚をする。アリアンヌとして育てられた私もまた、受け入れるようになりました。家があってこその私。当然だと思っております。それは今でもそう。
それでも、個人の幸せ。それもまた、考えずにはいられなくて。
「……さあ、私。迷うのはそこまでです。大事になるには違いませんから」
ブリジット様。今になって、なのですよ。あなたはきっと、ヒューゴ様と結ばれる選択肢も選べたのに。現に私も見てきましたから。
私達はいくつもの選択肢を経て、今を生きているのですね。こうしてやり直せたこと自体が、奇跡といっていいくらいなのです。
「……ええ、奇跡なのですから。私は今度こそ――」
「アリアンヌ様!」
「!」
私の思考が途切れました。何者かが腕を掴んできたからです。が、警戒したのは一瞬のこと。声の主からして、私に害をなす者ではないとわかりましたから。
「はあはあ……やっと、追いついた……」
「イヴ……」
私の腕を掴んだまま、彼は前傾の姿勢となっておりました。かなり走ってきたようで、息を整いています。あなたは勘付いていたのですね。私がこうするともわかっていて。心配をかけてしまいました。
「私はヒューゴ様のご自宅へ伺うだけです。すぐに戻りますから、失礼しますわねっ」
私は全力で走り出しました――イヴを置いて。
「え!?」
イヴは心外だと思ったことでしょう。私に非難の眼差しを向けています。悪いとは思ってますのよ。
「……僕の主は鬼かな!? ついていきますけどね!?」
イヴはいわば反ギレ状態。怒りながらでありますが、駆ける私についてきたのでした。




