少しずつ、少しずつだけれども。
「それではごきげんよう」
「はい。私も失礼させていただきます」
本日のところはこれまで、ですわね。会釈したヒューゴ殿を見送り、私も帰ろうとしたのですが。
「ヒューゴ殿、どちらへ?」
彼はなんと、正門に向かうこともなく。温室の方に向かっているではありませんか。
「どちらだってよくありませんか? まあ、ご覧の通り温室ですが」
「……それもそうですわね」
帰る方向は同じだから、でしょうか。時間差で帰ろうとしているのでしょうか。帰る方向、同じですものね。同じ方向を、気まずい二人が無言で帰るのですから。同じ方向を。ああ、このへんにしておきましょう。
「花を愛でるのも気分転換になりますものね。私も機会があれば訪れたいものですわ」
花は良いですわ。気持ちが明るくなりますもの。香りに癒されもしますもの。ええ、花は――。
「……はあ」
ヒューゴ殿、盛大に溜息をついてきましたわね、私、花のことを褒めておりますのに。
「……ええ、気分転換に来ているのですよ。なのに、どこぞの婦人方は喋りあそばされて。大声でぺちゃくちゃ。笑い声まで甲高いもので」
ヒューゴ殿はげんなりとした顔をしていました。心底うんざりされているようです。
「……そう、だったのですね」
確かに私達は騒がしかったのかもしれません。慎み深く話していたつもりでも、他者からしてみれば騒々しいものかもしれなかった。指摘されてようやく気がつくなんて。私は自身を恥じて俯いてしまう。
ヒューゴ殿は違う、と呟かれました。
「……失礼致しました。アリアンヌ様相手に言葉が過ぎました。これでも、言い方には気をつけているつもりなんです……ですが、どうも貴女相手ですと」
元々、アリアンヌ様を毛嫌いしておられる方でしたから。従姉はそうした設定にしていたのでしょうね。こちらで生きている身としてはリアルと思えど、ゲームの中とは承知しておりますから。設定ならば、ああ、設定なのだと受け入れるまでです。
「……ヒューゴ殿」
確かに。彼の言葉の端々が冷たく感じてなりません。ただ、彼の日頃の言動を省みると。彼は元々そのような心根でもないように、そう思えるのです。
言葉はきつくとも、彼の指摘は間違ってはおりませんもの。それにです。
私が気落ちしておこうと、そのまま放っておけばよいのに。あなたときたら。
「かしこまりました、ヒューゴ殿。ですが私、それでもあなたとは良い関係を築き上げたいと、そう思っておりますの」
「……アリアンヌ様?」
何を言っているんだこいつ。そういったお顔ですわね。ええ、そうもなりますでしょう。
「あなたともご学友になりたい。あなたが望まれていなかろうと、私は望んでおりますの」
「……」
ヒューゴ殿はこちらを見ておられます。ええ、勝手だと一蹴されても結構。私の意思は変わりませんわ。
お別れの時となりますが、こちらだけ。これだけはきちんとしませんと。
「そして、ヒューゴ殿。お騒がせしてきたこと、申し訳ありませんでした。もっと早く配慮するべきでしたわね」
私が謝りたかっただけです。頭を下げ、そして体を起こす。ヒューゴ殿もお静かに過ごされたいのですから。ここいらでお暇することにしましょう。今度こそ正門へ――。
「――調子、狂うんですよ……」
ヒューゴ殿は髪をかきあげながら、ごちておられた。
「……高慢で自信家で。自分は正しいって疑わない。そんな苦手な人種だと思っていたのに」
あ、とまた呟いた。またですわね。私に対してそのようなことを。
「ふふ」
私はおかしくなって笑ってしまった。ヒューゴ殿は首を傾げている。
「……ええ、そうですわね。私はそうやって奮い立たせておりますもの。自身を誇りに思って。でもね、ヒューゴ殿? 私は自身に誇りを持ったままでいたいからこそ。過ちを認められる人間でもありたいの」
そうでも思わなければやっていけない、それは私の場合。
アリアンヌ様は本当にそうだったはず。自分に恥じないようにと、誇り高くあれって。……わかってほしかったな。そんなアリアンヌ様を……みてくれたら良かったのに。
「……」
ヒューゴ殿は黙ったまま、背を向けられました。そんな彼はただ。
「……貴女の従者の方が来るまで。時間、潰されますか」
「ヒューゴ殿?」
これは……温室に誘ってくださってるのでしょうか。信じられませんわ。
「……これまでの無礼のお詫びです。どうせすぐに迎えがくるでしょうし。滞在時間なんてほんの少しでしょうし」
「……ええ」
イヴがやってくるのは、すぐにでしょうね。そんな限られた時間だと、揶揄しておられる。
「貴女にとっては、暇つぶしにもならないでしょうし、退屈させるしかないでしょうが」
「まっ」
とことん憎まれ口を叩かれますのね、ヒューゴ殿ときたら。
「あ……」
そして、一々気にされるときましたら。ああ、罪深き設定ですこと。ご本人は気にしていらっしゃるというのに……。
「ヒューゴ殿? 私、気分転換になると申したではありませんか。私がそう申しておりますのよ。それもついさっきに。忘れられては困りますわ」
「え……」
「ってね? 私だって言われっぱなしではありませんの。だから、あなたが気にされるまでもありませんわ」
それにあなたが思っている以上に、トゲトゲしさは和らいでいる。これはきっと、私の勘違いではありませんわ。得意になっている私を見たヒューゴ殿は。
「……ははっ」
微かに。ほんの微かではありますが、笑っておられました。




