公爵邸での夜。
先にシルヴァン殿を孤児院に送り届け、私たちは公爵邸に向かうことになりました。
『明朝、迎えに行く』
シルヴァン殿は約束してくださいました。そうですわね、朝まで……。
そうして公爵邸に着きました。着いてしまった、というのが私の心情でした。
「……」
名家に泥を塗った娘を、どうして迎え入れてくれるのでしょうか。
「――大丈夫ですよ」
「イヴ……」
私の背にそっと手をあててくれたのはイヴ。彼に押し出されるかのように、私は一歩前へ。
「……ただいま戻りました」
「ああ、アリアンヌ……!」
恐る恐る口にした私に対し、母や使用人たちは迎えいれてくれました。涙声の母は私を抱きしめてきました。
「ああ、ごめんなさい……アリアンヌ」
「お母様? どうして……」
「私達はあなたを送り出すしかできないでしょう……謂れもなき罪であるのに」
「……!」
私のことを信じてくださると……?
「殿下の為にと励んできたこの子が、裏切るなんて……!」
「……お母様。私は充分です。そうして信じていただけたことが」
救いなのですから。お母様だけではなく、きっと家族も仕えてくれた皆様もそうなのでしょうか。これだけ悲しそうにしてくださるのなら。
「公爵家の娘としての務めを果たせず、申し訳ございません。せめてではありますが、生を全うしてみせます。異国の地よりお祈りしておりますわ」
「ええ、ええ……アリアンヌ。あなたも息災でありますように」
母はより強く抱きしめてくれました。どこまでも優しいお母様……それでも悲しませてしまいました。それが辛くないといえば嘘になります。
事後処理に追われていた父も一時的に帰宅し、夕食の時間を共に過ごしました。
「――アリアンヌお嬢様、ご自愛くださいませ」
「イヴ……」
就寝の前に部屋に戻るところで、私はイヴに呼び止められました。そう……彼とも会えなくなりますわね。
「……」
いくら日付が巻き戻るといえど、今現在、別れという事実が訪れているのですから。その時の感情として、辛い気持ちだってちゃんとあって。
「ねえ、イヴ――」
「っと、ごめんなさい。お嬢様独占してました。皆さん、お話したがってますから」
眉を下げたイヴは後退しました。彼の話し通り、私と話をしたがっている使用人たちが控えていました。そう、彼らにもきちんと挨拶はしたかったのです。なんらおかしなことなど。
「……イヴ」
一向に振り返ることもない彼の後ろ姿を見守っていました。あまりにも迷いがないと思えてならなくて。
たくさんお話しした後、私は自室に戻って部屋の明かりを灯しました。
「……戻れませんわね」
長年過ごしたこの部屋と、しばしのお別れとなります。たくさんの思い出に囲まれたこの部屋と。
「……」
夜分ではありますが、荷造りをすることにしました。とはいえ、ダンジョン用のリュックですぐ持ち出せるようにはしています。衣類などは向こうで揃えました。持っていくものは限られていますので、そこまで時間がかかることはありませんでした。
「これらは是非とも」
アルバムといった思い出の品。数冊くらいは許されるでしょう。そして。
「……たとえ、消えるとしても」
シルヴァン殿からの頂き物である猫の置き時計。割れ物ですので、私は包装紙で何重にも包みました。
「もう寝ましょうか」
明日、これからの日々の準備は終えました。私は天蓋付きベッドにもぐりこみます。
「……お別れ、言えずじまいでしたわね」
ヒューゴ殿やオスカー殿、ブリジット嬢も。彼らにお別れの言葉を伝えることなく、発たないといけない。恩情によって自宅に戻れただけ、今から家を飛び出すわけにはいきません。
「シルヴァン殿にお願いしてみましょうか――」
彼は確か、鳥を飛ばしていましたから。そうした手段もあるはずだと、そう考えている内に私は眠りに落ちていき――。




