新たな地は優しいけれど。
「……嘘」
あまりにも信じられなくて、私から思わず出てしまった言葉。
「……嘘とかいうなよ、人の告白を」
「し、失礼しました……」
若干怒り気味の彼に窘められてしまいました。では、冗談ではないと……。
「……」
より高くなる体温、速く脈打つ鼓動。そして。
「もっと後、落ち着いた頃合いで言うつもりだった。それなのに……我慢できなくなっていた」
吐息混じりの声。決して戯言でも軽口でもないのだと、私は思い知らされる。
「……俺、おかしくなってるな。うん、そうだ。先に挨拶回りしてくる。生温い風にあたってくる」
私を抱きしめる力は緩んでいき、密着していた互いの体は離れていく。
「……」
私の頬は紅潮したまま、酸欠気味の頭で彼を眺めていました。
「わ、私もご一緒に参ります」
おかしくなっているのは私もでしてよ……! 私も風にあたりたくなりましたの。
「はあ!?」
「参りますったら参りますのよっ」
シルヴァン殿の反応は著しくありませんが、私は彼についていくことにしました。
「……返事とか、今はいいから。まずは生活を安定させてから」
「……それは」
「お願い」
「……はい」
「……」
「……」
私たちはつかず離れずのぎこちない距離で歩いています。陽気な港町の住民たち、最終目的地は領主の邸。ご家族に対応していただき、領主様が玄関口までお越しくださいました。
「お初にお目にかかります――」
おお、シルヴァン殿の優美なる笑顔は現役でしてよ。私を守るように立って、挨拶を交わしておりますわ。っと、シルヴァン殿に見惚れている場合ではありませんわね。私も挨拶をしませんと!
「……。こちらで紹介させていただきますね、彼女は――」
……シルヴァン殿からしていただくことに。私の気のせいでしょうか、彼は牽制しているような。
「おいおいー、独占すんなよー? 俺にも挨拶させてくれよぅ、アリアンヌちゅわーん!」
「はは、独占などと。ご挨拶は私が代わりに務めさせていただきましたので。どうかご容赦を」
いえ、気のせいではありませんわね。道中、噂されてましたもの。こちらの領主は……女好きであられると。シルヴァン殿は微笑みは絶やさないまでも、苛立ちは隠せないようです。それを感知した領主様にいじられていますわ……。
「へっ、うちの娘と同じ年頃だろうに、自重するっつうの! そっちと違ってな!」
「くっ……」
シルヴァン殿、やりこめられていますわ……。ええと、まだおちょくり続けそうですわね。ここらで……。
「……ま、まあ。同じ年頃のご息女ですの? いずれお会いしたいものですわ」
話の流れを変えつつも、私は交流してみたいという本音ももらしていました。
「もう是非是非ー! 大歓迎だし、気軽に遊びに来てくれな? ……色々あったようだけどな、俺達は迎え入れるから」
「……まあ、ありがとうございます」
子供に向けるような温かな眼差し、私たちを招き入れてくださるのだと。胸が熱くなったのは私だけではないでしょう。
「ありがとうございます……」
シルヴァン殿も感謝の気持ちを伝えていたのでした。
温かな町。私たちは受け入れてもらえた。新天地でも頑張れそうです――。
粗方の片付けや新生活の準備も済まし、夜となりました。就寝の時間となります。
「静か……」
私は屋根裏を経て、屋根の上までやってきました。ここからがよく一望できるかと。
山々が隔たりになっており、祖国の市街地までは見えません。小さく見えるのは空に浮かぶダンジョンくらいでしょうか。
「……お元気でしょうか」
新生活の決意はしていても、シルヴァン殿に悩まされることになっても。頭から離れることはないのは、私たちの故郷のこと。
「……婚約破棄ですものね」
また悲しませてしまいましたのね……。
「!?」
屋根に上る音がしました。誰かがやってきたようです。シルヴァン殿でしょう。
「……せめて居間か庭先かと思いきや、屋根ときたかぁ」
彼は呆れきっていました。私の隣までやってきて腰かけてきました。
「アルブルモンド、見てたのか」
「……ええ」
私と並んで展望しているシルヴァン殿。彼もそう、懐かしむようにみています。心にも刻んでいるような。
「で、眠れないと」
「……はい」
「だよな、そうだろうな……」
シルヴァン殿もそうなのでしょう。私同様、思い入れもあったことですから。
「アリアンヌ様、頼みがあるんだけど」
「ええ、どうぞ?」
「――次からは一声、かけるようにして」
とても穏やかな声。私にある感情は戸惑いと――言葉では言い表せないもの。
「……すぐには割り切れないよな。だから、一人で落ち込まれるよりはって」
どこまでも優しい瞳で私を見つめてきていて。
「……ってのもある。俺が一人にしたくないんだ」
「……シルヴァン殿」
真夜中の逢瀬だというのに。シルヴァン殿を無為に起こしてしまいかねないのに。
「……はい」
私はそう答えていました。
「よかった」
シルヴァン殿は小さく笑ってました。
「……」
「……」
肩が触れ合いそうで、触れ合わない距離。そんな私たちは遠くにある故郷を並んで眺めていたのでした――。




