あなたはセレステ……?
「イヴ、あなた……」
「どうかなさいましたか、アリアンヌ様――」
イヴは私の視線の先を辿る。自身の胸元に飾られていたもの。
どうしてあなたが持っているというの。
生まれ変わる前の友情の証。木の葉の形のアクセサリー。
――ピンブローチとして、シャツの胸元あたりに飾られていた。そう、ピンブローチが。
「……こ、これは!」
イヴは目にみえて動揺していました。手にしていた傘を地面に落としてしまうくらいに。うっかりしていたといった様子です。それから外そうとする彼を、制したのは私。
「あなたは……」
私にある考えが浮かんだから。そして、願ったから。そうだったらって。
「――セレステ、なの?」
素の私に戻ってしまっていた。結衣として、彼に尋ねてしまっていた。
私は隠し持っていたバレッタを、彼に見せた。不格好なそれは、転生した時から所持していたもの。ブリジットも髪飾り。でも、セレステは――ピンブローチだった。
もし、イヴがセレステの生まれ変わりだったら。なんて素敵なことだろう。もし言い出せなかったとしても、それはお互い様。私もそうだったから。
「……え」
イヴは目を見開いていた。息を呑む音もする。
「ああ……」
違う……のかな。彼が違うって否定してきたらそれまで。でも、信じたくて。それだけ弱っていたのかな。ええ……そうなのでしょう。
私はそれほどまでに弱っていたのでしょう。婚約破棄から、家に迷惑をかけることになってしまって。ブリジットの登場。でも、彼女があのブリジットとも同じかわからなくて。アクセもつけていませんでしたから。
「……ごめんなさいね、イヴ」
おかしなことまで申し出して。どこまで心配をかける主なのでしょうか。突拍子もことをして、イヴを驚かせてしましました。
「心配かけましたわね。さあ、帰りましょう」
私はあえて目線を上げた。イヴと視線を合わせる。涙目にはなったままですが、どうしても目を見て伝えたくて。私はもう大丈夫だとも、伝えたかったのです。
「困った主ですわね? お父様とお母様に任せきりでしたから、私も参りませんと。ええ、しっかり致しますわ。イヴ――あなたの主人として」
まずは気持ち、そして言葉から。ええ、しっかりしませんと。あなたはよく出来た従者ですから。いつまでも振り回してもいけませんわね。
「さ、戻りましょう?」
私はイヴから目線を外し、落ちていた傘を拾い上げた。このまま自分で持ちたいところですが、人目がないのも今だけですからね。こちらはイヴに持ってもらいましょう。そうしようとしたのですが。
「……」
イヴは黙ったまま、立ち止まってしまいました。ええと、進まないのかしら? 傘も受け取ってくれないのかしら。私が持ってしまいますわよ? ……どうしたものかしら。
「ねえ、イヴ――」
「……セレステ、です。僕は、セレステなんです」
えっ。今度は私が傘を落とすところでした。イヴ、あなた……?
一旦……彼を見ましょうか。常日頃、軽口は叩いても。このような冗談などは――。
「っ!」
圧された、と申しましょうか。こんなにも強い眼差し、彼から受けたことがあったでしょうか。切羽詰まったともいうべきか。
「……信じてください。僕はセレステなんだ! あなたの、あなたの大事な……!」
「……イヴ。誠なのでしょうか」
そのように苦しそうに言われたら、私はそのまま受け取って良いものか。
「誠です。僕はあなたの味方だ。ずっと変わらず」
「イヴ……」
どこまでもまっすぐな瞳でした。私に対する悪意など全くもない、どこまでも添おうとしてくれるもの。そうですね、イヴ。私は前に決めたではありませんか。
「ええ、イヴ。私はあなたを信じたいのですから。――ええ、わかりました」
「アリアンヌ様!」
どこまでも嬉しそうですのね。私もです。あなたがセレステであったこと。嬉しくてたまりませんから。
「……ねえ、セレステ。私のことはわかるかな? 誰の生まれ変わりだと思う?」
「生まれ変わり……」
彼はそう呟いたあと、考え込んでしまった。話し方でピンと来ないってこと、ありますかしら。セレステでしょうに。付き合いも長かったでしょうに。
お互い冷える身でもありますし。さっさと明かしてしまいましょう。
「ユイです。ご覧になって? 全くの別人になりましたわ」
一般市民から、ここまでの華やかな令嬢に変貌しておりますから。すぐにわからなかったのも、無理もないのでしょうね。
「……ユイ」
「はい」
「そう。ユイ……ユイか」
彼は何度も反芻しております。その、感情が込められておりますね。
「ユイ……いえ、今はアリアンヌ様ですね。僕……その、そこまで記憶があるわけでなくて。覚えてないこともあると思うけど、ご容赦願いたいというか」
イヴは申し訳なさそうに言ってきました。なるほど。私も全部覚えているわけではありませんから。
「ええ、承知しました。気になさらないで」
「……うん。でもさっ? 気兼ねなく話せるんじゃないかって。――『イヴ』相手だと話づらかったこと、とか」
「……そう、ですわね」
セレステでしたら、色々と精通してそうですわね。イヴが信用に足るとはいっても、いわば不可解な現象でもありますから。どこまで、といった懸念はありました。セレステでしたら。
「――今宵、私の部屋へおいでなさい」
「!」
イヴは竦み上がっていた。慄く要素などあったのかしら。その割には、顔が赤いようですが。
「……し、失礼致しました。ご用命でしたら、喜んで。食後にでも伺わせていただきます」
砕けた口調は先程まで、イヴは態度を正していた。そうね、もう主と従者に戻りましょうか。
雨はまだ降り続けておりますが、憂鬱な気持ちは晴れていくようでした。




