過去ごと受け入れたい。
「……良き風」
のどかな港町にて、私は潮風にあたります。異国の地、異国の風。心地の良いこと。
ええ、私たちは生きていて――隣国の地に立っていました。
『命まではとらない……戸籍上、二人を抹消させてもらう。でもな、腹立たしいのは本当だからな、身内には暴露させてもらうからなっ』
そこにおられたのは普段の殿下といえました。拗ねて口を尖らせていた姿がまさにそう。もしかしたら、と思えてしまうもの。殿下は本当に私たちが不貞の関係だと信じていたと。決して嵌めようなどと考えてなかったのだと。
それはもう知ることもないのでしょう――『国外追放』をされてしまいましたから。もう、私たちは故郷の土を踏むことはできないのだと。
「……」
逢いたい人たちにも逢えない。それだけではない。不貞という誤った事実が残されてしまったのだと。
身内は私たちの生存は知っている。でも、倫理に反することをしてしまったのだと。何が正しいのか、正しかったのか。
「ふー、なんとかなったな」
私の隣にいるのは、シルヴァン殿。彼の話の通り、私たちは長い旅をしていました。シルヴァン殿は撫でつけられていた前髪も下ろされているのもそうです。私の髪がぼさぼさなのもそうですわ。身なりを整える余裕もなかったものですから。
あの後、私たちは強制的に鉄道に乗せられました。見張りを兼ねた兵士たちに隣国に降ろされたのです。
「――長旅お疲れ様。ようやく落ち着けそうだな」
「ええ、あなたもですわね」
もう故郷では暮らしてはいけない。すぐに気持ちを切り替えたのはシルヴァン殿でした。どこかで落ち着かせよう、生活の基盤を作り上げようと。
ただし、問題がありました。この国は古き伝統を尊ぶ、格式ある国。外国人の、それでいて素性も知れない者たち……難航していたのです。
ダンジョンのないこの国では、ライセンスも通用しません。貯めたお金も、乗り物もそうといえますわね……。
「……いえ」
救いがなかったわけではありません。道中親切な方々もいらっしゃいました。彼らの助力もあって、私たちはここまで辿り着いたのです。この最南端にある、海を望める町に。
こちらの港町の方々もそうです。訳ありである私たちを迎え入れてくださりました。家を貸していただけるどころか、生活に必要なものまで提供してくださって。ええ、恩返しをしましょう。
「私たちはこちらで懸命に生きていきましょう――手を差し伸べてくれた皆様に報いたいのです」
「……そうだな」
シルヴァン殿も真剣な面持ちで頷いてくださいました――。
恐れ多いことに、私たちは大きな家を借りることができました。二人で暮らすには広すぎる家です。広い家……そのような一つ屋根の下でシルヴァン殿と暮らす。
「……」
なるべく早くに私は出ていくべきでしょうね。こちらの家の名義は彼でもありますもの。
「アリアンヌ様は休んでおきな。こっちで色々やっておくから」
シルヴァン殿は着いて早々、動き回っています。私だけ休むなど、そんな。
「そういうわけにはいきませんわ。私は清掃をしますわね」
私はシルヴァン殿の近くまで寄りました。彼の真横に雑巾やバケツがあったからです。私は自然にそうしただけですが。
「……っ」
咄嗟に距離をとったのはシルヴァン殿でした。あまりにも不自然でありました。
「ああ……」
やはり、なのでしょうか。私は彼に距離をとられているようです。彼は優しくしてくださっていても、よそよそしさは隠しきれていない。私がいたからこうなってしまったと、責めるような方ではなくとも、思うところが――。
「……違うんだ」
「!」
私の表情から悟ったのか、シルヴァン殿は声に出されていました。
「……アリアンヌ様がそういった方ではないって、わかってはいるんだ。こうして普通に接してくれてもいる。それでも……そうだとしても」
「……シルヴァン殿」
悟ったのは私もそうでした。殿下が言っていた――シルヴァン殿の過去。暴露される形で知ってしまいましたものね。
「……ええ、シルヴァン殿。あなたが罪で手を汚してきたのなら。罪は償うべきと思いましてよ」
シルヴァン殿は弱っておられる。でもそれは今となってではなく、ずっと昔から。彼はずっと……ずっと隠し続けてきたのですね。
「でも……それは一般論として。自分で勝手にではありますが、私はこう思っていますの。あなたは懸命に生き抜いてきた。きっと……ぎりぎりのところで踏みとどまっていたとも」
私の目線の先にあるのは、彼の震えた手。
「それは御自身の為でもあって、大切な方の為でもあったのだと」
「……」
シルヴァン殿は黙られたまま、けれども。久々でありました。彼が私の方を見てくれたのは。
「どうか思い悩まないで、シルヴァン殿。私はあなたの過去ごと受け入れたいのです。どれほどの境遇であっても、生き抜いてくださったあなたのことを――」
最後まで言い終える前に――私は彼に抱きしめられていた。
「あ、あの……?」
「……」
無言の彼は私を離すこともなかった。大きな体躯で私を包みこむように優しく。
それでも抱きしめる力は込められていて。彼の体温は覚えている。あの倉庫の夜とは違う、とても高い体温、近づくことによって香る香水。
頭が眩みそうになっていた。頭がのぼせそうな中で。
「好きだ」
彼はそう告げてきた。
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