裏切り者を断罪せよ②
「ああ、そうか。アリアンヌは初耳だったのか」
驚いた顔をした私が目に入ったようです。殿下は愉悦に浸った表情で告げてきます。
「君は知らなかったんだな? せいぜい――孤児だったのと金に汚いくらいか」
「……殿下」
「生きる為にどれだけ手を汚してきたか。初対面の俺に対しても恐喝してきたくらいだ。ああ、そうなんだな……君は彼の幻想しか見てこなかった」
殿下は私に対して嘲り笑っていた。
「……」
シルヴァン殿はやはり何も言わない。私からも不自然なまでに目を背けている。
「――でもな、シルヴァン。俺はお前の苦労もわかっているんだ。よく尽くしてもくれた。もちろん、アリアンヌもそうだ。俺にとって――かけがえのない二人だったんだ。その分……地に叩き落された気分だよ」
それだけ怒りが収まらないのだと。私たちを睨みつけ、そして。
「それでもな、俺は決めたんだ――どちらかだけ、許してやろうと」
「殿下、あなたは何を……」
怒りを抱えたまま、殿下はそのように提案してきたのです。
「何って? 俺に許しを乞えと言っているんだ。上手く媚びを売れた方が……っと、俺の心を動かせた方のみ許してやると」
殿下の宣告と共に私たちを取り囲む軍人たち。
「……」
逃走できないわけではない。けれども、お互い無傷では済まないでしょう。いえ、無傷どうこうではない。死者が出てもおかしくはない……この手段は最後のものとして。
「おっと、逃げる気満々のアリアンヌ? 俺はなぁ……しつこいぞ? どこまでも追いかけるからな」
殿下は本気でしょう。彼は今、この場での答えを望んでいるのですね。私とシルヴァン殿が――どれだけ媚びへつらうのか。相手を切り捨てるのか。
「ほら、アリアンヌ? ご家族を悲しませたくないだろう? 君の従者殿もそうだし、せっかく出来た学友とも……二度と会えなくなるぞ?」
「……あなたという方は」
どこまでも……どこまでも。私の痛いところをついてくる。そうだとしても――私の心は決まっております。私はこれまで築き上げたものを失ったとしても。それでも。
「シルヴァン、お前はどうだ? 今の地位を捨てたいか? お金だってたくさん手に入る……それで孤児院の運営も賄ってきたんだろ?」
殿下はシルヴァン殿にも囁いていく。抗えないような、そんな囁きを。
「簡単な話だ――お互いを蹴落とせばいい。それだけで日常に戻れるんだぞ?」
ああ、なんて慈悲深い顔なのでしょう。強張る私たちを溶かしつくして――飲み込んでいくかのようですわ。
「――殿下」
ようやく口を開かれたのはシルヴァン殿。ええ……致し方のないことなのでしょう。私は彼がどれだけ大切にしていたかを存じていますから。ねえ、シルヴァン殿。私はあなたを恨みなどしません。いいえ、それで良かったのだと――。
「……やっぱりか。あんたは変わってしまったのかな。俺にはもう『かつてのエミリアン様』とは思えなくなっている」
「……!?」
シルヴァン殿は側近として、仕える立場として。そうした振る舞いを放棄していました。
「……俺も、アリアンヌ様だってそうだ。なんで裏切るって思うんだよ。どれだけあんたの為にって!」
シルヴァン殿がそう嘆いていても、殿下は動じてはおらず。
「それがお前の媚びの売り方か」
あまつさえ……このようなことまで。それを耳にしたシルヴァン殿は首を振りました。
「……元々そんな気はねぇよ。俺はもう、あんたにはついていけない。決別だ」
シルヴァン殿ははっきりと、そう言い切っていました。堂々と殿下に宣言を――。
「でもな、アリアンヌ様はそうじゃない。彼女はずっと自分は婚約者だと言い続けていた。完全に線引きをされていたよ」
「シルヴァン殿……」
私のことにまで気を配ってくださるのですね。あなたという方は……ですが。
「シルヴァン殿。私はあなたの心配りを無碍にしてしまいますわ」
「は……?」
シルヴァン殿は心外といった顔をしています。ええ、そうでしょうね。私の言動からして。
「公爵家の者として誤っていたとしても。私は――シルヴァン殿を切り捨ててまで、その立場を望むことはありません」
愚かな判断だと罵られることでしょう。ですが、私の心はどうしても……シルヴァン殿を犠牲にしてまで。それだけは出来なかったのです。
「――というわけで、ですわ。こちらは殿下の意を背くことをしております。抵抗だってさせていただきましてよ」
私は殿下に話しかけつつも、周囲の確認も怠らない。すぐにでも武器代わりのものを取りにいける。ここで終わるわけにも参りませんわ。
「……勇ましいこと、勇ましいこと」
呆れながら仰るシルヴァン殿とて、そうではありませんの。あなたは諦めの目をしていませんわ。
「――それが君たちの答えか」
殿下の底冷えするような声。この底知れない彼と対峙することになる。だとしても引けなどできましょうか。
「ええ、殿下」
「……そうか」
殿下はそれだけでした。そう、話すことなどそれだけなのでしょう。さあ、突破を――。
「……はあー」
「え……」
緊迫した雰囲気の中、殿下の長めの溜息が聞こえてきました。
「……そうだ、これが最善なんだ」
そう呟いた殿下は居直り、そして――宣告する。
「アリアンヌ・ボヌール並びにシルヴァン・フーフォル。君たちは――生を終えることになる」
それはいわば――死の宣告と。




