裏切り者を断罪せよ①
「ほら……冷えるから」
春の夜はまだ冷えていて。震える私を抱きしめるのは、シルヴァン殿。
「……」
彼の温もりが心地良くて、不安な気持ちも溶かされそうで。私は彼に身を委ねようとしたけれど。
「お気遣いは感謝いたします。ですが」
私は彼の肩に手をあてて、離れようとしました。これは彼の優しさ、気遣いでしょう。ですが、よろしくない行為でもありましょう。
私には婚約者がいて。そちらの方はあなたにとっても大切な――。
「……」
彼は何を言うこともありません。それからきつく抱きしめられ、彼の体温をより強く感じられて。
「お願いですから……」
気遣い、親切心。もしくは他のなにか……とにかくまずいのです。私だってそう、このまま包まれていたくなってしまう。このままでは……。
我が力をもって、彼から引きはがすしかない。そう考えていた時でした。
勢いよく倉庫の扉が開かれ、現れたのは――。
「殿下……!?」
――エミリアン王太子殿下。私の婚約者であられる方。彼は多くの軍人を引き連れています。
「これはこれは……なんともまあ」
殿下は大仰に額に手をあてながら、悲嘆しておられます。この現状を見てのことでしょう。
逃れられない状況。決定的ともいえる場面。
わたくし、アリアンヌ・ボヌールは今――断罪されようとしています。
「……エミリアン様」
私を抱きしめている彼は呟きました。殿下に気づきはしたものの、私を離そうとはしません。むしろ牽制しているような眼差しを……考え過ぎでしょうか。
「……失礼します。痛かったらごめんあそばせ」
我が腕力をもって、私は彼の両肩を掴んで離れました。痛めないようにはしたのですが、顔を歪められてますわ。やはり痛かったのでしょうか……。
「これはどういった状況だ」
殿下の底冷えするお声。怒りも滲ませたものでもあります。ええ、殿下。あなたがお怒りになる状況でしょう。
「殿下、申し上げます。私達は閉じ込められたに過ぎません。決してやましいことなどございません」
私は彼から離れられたので立ち上がって訴えます。そうです、この状況は私達が望んだ状態ではなかったのです。私達は何も――。
「いやいや、アリアンヌ? 君を疑っているわけじゃない。その男に連れ込まれたんだろ? 見損なったぞ……紳士の風上にもおけない」
殿下は一瞥していました。違います、そうではありませんわ!
「殿下……決してそのようなことはございません。彼はそのようなつもりは毛頭も――」
本当に誤解なのです。私は必死でした。
「必死だな、アリアンヌ。そうか……そうかぁ! 君もそうだったのだな」
殿下は私の様を見るといなや、手を叩く。控えていた配下の方が資料を提示してきました。
「これは――君達の証拠だ」
――密会のな。
それは殿下による宣告でした。殿下はそれは紛れもない証拠として、羅列していきます。いずれも私と彼との二人きりの場面、『そう見えなくもない』私たちの姿が――。
「殿下……」
殿下はやはり、そうなのでしょうか。あなたは何が何でも私を――断罪しようとしていると。
「……ふむ。アリアンヌ、君は本当にこの男に無理を強いられたわけではないのか。そうでないなら――裏切り、不貞行為にあたるのではないか」
不貞。あなたの婚約者である私と彼が、そのような関係であったと。『今回』はそうしようとしているのですね。
「殿下、そのような事実はございません。私も彼も、あなたの信頼に背くこどなど決してありません」
私は背筋を伸ばして、堂々と言い放ちました。
「……ふっ、ふふふ、はははははは!」
私の発言を受けた殿下は、小さな笑いから腹を抱えた笑いと変わっていってました。
「そうかそうかぁ、そこまでかぁ! そこまでして……その男を庇いたいと」
殿下は口元は笑んでいても、目は笑っておりません。どこまでもこちらを問い詰めたいようですわね。
「いいのか、アリアンヌ? 君はわかっているだろう……このままでは『婚約破棄』だ。本当にいいのか?」
「……!」
殿下はゆっくりと私たちに近づいてきます。じわり、じわりと。
「――このままだと君のこれまでの頑張りも……公爵家にも迷惑かかることになるよなぁ?」
「……!」
この人は私の痛いところを的確についてくる。アリアンヌ様の頑張りを無にしてしまうことも、家族に迷惑かかってしまうこともそう。こうして述べてくるのだから。
『おじい様やおばあ様もいらっしゃってるのよ。あなたのお父様もそう、そちらでお待ちなの。あなたをお祝いしたいって……本当に安心したって』
ああ、母の言葉が、あの時の嬉しそうな表情を思い出してしまう。
「っと、アリアンヌだけではないぞ? ――シルヴァン、お前もだ」
殿下が狙いすましているのは私だけではなく、シルヴァン殿もでした。彼の方は冷静に出方を見ています。
「……貧困孤児が、悪どいことに手を染めてきたお前がだ。ここまでの地位まで昇りつめてきた。血反吐を吐く思いをしてきたことだろう、な?」
「……」
殿下はシルヴァン殿の顔を覗き込んでいた。シルヴァン殿は何も言わない。シルヴァン殿、あなたは……。




