従者としての義務だったとしても。
ようやくでした。ようやく、放課後になりました。私は温室まで足を運んでおりました。近くには、誂えられたテラス席。学園の喧噪が遠ざけられた静かな場所。乙女達の語らいにはもってこいの場所なのです。
「まあ、皆様ったら……」
いつもなら真っ先に着いていらっしゃるのに。おかしいですこと。どなたもみえられていないなんて。
「いえ、定刻でもありませんもの。私も待つまで」
着席するとしましょうか。最奥の席、そこがいつもの私の席。彼女達の訪れを待つの。
「……」
ええ、待つのです。もう定刻も過ぎましたが。授業などで遅れていらっしゃるのでしょう。
「……」
夕刻も訪れましたが、待ちましょう。
「……」
ああ……ぽつりと一粒の雨。私が見上げると、雨雲となって雨がぽつりぽつりと降ってきました。嫌ですわね、本当に降ってくるとは。
「……」
ええ、そういうことですわ。皆様、雨が降ってくると思って。それで、中止とでも思ったのかしら。もう、皆様ったら。無断で中止にするなどしませんわ。さあ、連絡に回りませんと。
「……そうですわ。私からお声がけすれば」
昨日のこともあり、顔を合わせづらかったのでしょう。次は来てくださるでしょう。
「……公爵家の誘いなら、ですか」
公爵家の名を使えば、彼女達は断れない。そんな……そんなこと。
「出来るわけなくてよ……」
公爵家令嬢の名に集まっただけ。こうした現状になったからこそ、それがわかってしまった。
「……ああ」
雨は激しくなっていく。すっかり私は濡れてしまっています。体も冷えて参りました。こうしてなど、いられないというのに。
「もう、私の元には誰もいない……ならば、私から、動かねば……」
誰もいなくなってしまったというのなら、私から動くしかないというのに……。
重い腰を立ち上げようとしたところ。
「!?」
濡れた芝生を踏みしめる音。どなたか来てくれたのですね! 私が前方に目を向けると。
「――アリアンヌ様、お迎えに上がりました。遅くなりまして申し訳ございません」
「……イヴ」
現れたのは従者のイヴ。傘を手にした彼は、私の方へと歩み寄ってきた。傘を私に差し出す。
「……私は頑丈ですから。あなたがお使いなさい」
頑丈なのは本当です。それに、私よりイヴがです。彼は見るからに睡眠不足の顔、頭も朦朧としているのではありませんか? それを聞いたイヴは眉を顰めています。
「それは、主を差し置いてでしょうか。あなたの御身の方が大事ですから、お断り致します」
イヴは毅然とした態度でした。自分はあくまで従者であると、そう主張しているのですね。
ええ、そう。イヴは従者としての務めを果たしたに過ぎない。
それでも。そうだとしても、私にとっては救いだった。
「……従者として、私の側にいてくれるのですね。充分過ぎるほどに」
「え……」
私の心からの言葉に、イヴは大層驚いているようです。戸惑ってもいるようですが、意外とも思われたのでしょうか。
「あなたは昔からそう。ずっと私を支えてくれていました」
あなたは立派に従者としての役目を果たしています。なのに、私は……私は何をしているのでしょうか。人からの信頼を損ね、家にまで迷惑をかけて……。
「不甲斐なくてごめんなさい……」
こんな情けない言葉を零すつもりなどなかった。強くて美しくて格好いい、アリアンヌ・ボヌールが言う事じゃないのに。
「……ああ、嫌ね。情けないったら」
このような弱い姿――決して、アリアンヌ・ボヌールとしてあってはならないのに。
「――アリアンヌ様」
イヴが私を見つめていた。彼の瞳は綺麗とも思っておりましたが。こんなにも蕩けるような琥珀色をしていたのでしょうか。こんなにも優しげな――。
「……不躾ですが、お許しください」
「わっ!」
突然でした。イヴは自身の制服ジャケットを脱いで、私の頭に被せてきたのです。
「……いえ、ありがとう。情けない顔をみられずに済みますから」
私の顔を覆う形となってくれた。人目には目立つでしょうが、私はただ、今の顔を見られたくなかったから。
「……僕が、そんな顔を見せたくないだけ」
「……ええ、そうね?」
ええと……そうですわね? 人様に見せたくない顔ですわね? そういう意味でありますわね? 彼の視線があさっての方向にいってますが、そうなのでしょう?
「……二人入る分には、ご不満はないでしょう? さあ、帰りましょう。馬車を待たせておりますから」
イヴは視線をそらしたまま、早口気味だった。彼が傘を持っている。私に差し出されたので、入ることにしました。距離が近くになっております。
「……」
「……」
雨音と、お互いの鼓動だけ。私は視線を彷徨わせていました。こう、落ち着かなくて。視線を動かしていると目に入ってきたもの。
「……え」
目を疑ってしまったもの。それでも、しっかりとあるもの。何度瞬きしてもそう。




