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何やってんだよ、殿下。

「……俺はともかくとして、殿下は何やってんだよ。ちゃんと婚約者がいるだろ」


 シルヴァン殿は。


「婚約してるんだろうが……アリアンヌ様と」


 歯を食いしばっているようでした。


「……それでも。殿下がどなたを愛そうとも。私が殿下を支えたい気持ちは揺るぎませんから」


 もとより覚悟の上です。私は殿下の寵愛を受けられるとは思っておりません。仕え、支え続けていられればいい……そのはず、そのはずなのです。


「それはきっと、あなたもそうなのでしょう?」 


 殿下を支えること。シルヴァン殿こそ、そうなのではありませんか。あなたはきっと、殿下に対して深い恩義がおありでしょうから。


「……」


 シルヴァン殿は答えることはありませんでした。彼は沈黙を貫いているのです。


「――そろそろしびれ切らしているだろうし。行くか」

「……ええ」


 ようやく口を開いたものの、殿下についてでした。彼からの返答は得られることはなく――。



 すぐ隣にある殿下の私室――ですが、お二人は不在でした。私たちは応接間に戻ってみると、まあ、楽しそうな声がしますこと。


「もう、殿下? 今日は殿下のお部屋じゃないんですか?」 

「ほら、今日はな? ……アリアンヌ、がな?」 


 聞こえてましてよ? 部屋の外まで筒抜けとは、どういうことですの。


「殿下? アリアンヌです。そちらにいらっしゃいますの?」 


 私は大きめに扉を叩きました。ああ、淑女にあらず。構いませんけれど。


「おわっ!? ア、アリアンヌとシルヴァンか? 入れ入れ」


 大層驚いたようですわね。何はともあれ入るとしましょう。


「まあ……」 


 殿下とブリジット嬢は二人掛けのソファに座っていました。お二方、かなりの密着ぶりでしてよ……。


「……来たな?」 


 殿下はとってつけたような澄まし顔をしながら、ブリジット嬢と距離をとりました。


「話もあってだな? もうじきブリジット嬢の誕生日なんだ。正式な招待状も送られると思うが、知らなかったと思ってな!」 


 殿下は胸をそらし得意げです。いえ、殿下……殿下? 訳あってブリジット嬢の誕生日は存じてますわ。私の誕生日と同日であることも。もう今更な気もしますが、殿下……忘れてらして? 


 私が行けないのは確実ですわ、またしてでもですがお断りを――。


「殿下。その日はアリアンヌ様のお誕生日でしょう。お忘れでございますか」

「……!」 


 私よりも先に開口したのはシルヴァン殿でした。いつもの綺麗な笑顔でありながらも、目が笑っていないような……。


「……あ。う、うん、そうだな? 覚えてる覚えてるとも!」 


 シルヴァン殿の圧におされたのは殿下でした。彼は目を泳がせながらもそう言っています。


「……ごめんなぁ、ブリジット嬢? 今度埋め合わせするから、なっ?」 


 殿下は猫撫で声でブリジット嬢にすり寄っていました。


「いえいえ、そんな……! 私よりアリアンヌ様を優先する方が当たり前です! でも私……嬉しかったんです。私の誕生日の方を覚えていてくださって……アリアンヌ様より私の方を」


 ブリジット嬢は恐縮しつつも、殿下に笑いかけています。……ん? ……んん? 


「ブリジット嬢は優しいんだぁ……」


 絆された殿下は涙ぐんでいました。ええ……そうですわね? 嫌な顔を一つもしてませんものね、ブリジット嬢? 


「今度、埋め合わせするからっ! プレゼントもとびきりのものを贈るから、なっ!」 

「わあ……私、殿下のお気持ちだけで充分ですから」

「ブリジット嬢ぉ……」


 殿下の目にはさぞ健気に映ったことでしょう。彼はもう、私たちの前と気にすることなくブリジット嬢の手を握っていました。その行為に顔を真っ赤にした彼女ではありますが、拒むことはありませんでした。


「あー……アリアンヌ? 誕生日、よろしくなぁ?」 


 一方、私には死んだような目を向けてきますわね。ブリジット嬢の誕生日に行けなくなったからって、あからさま過ぎでしてよ。


「……ええ、殿下。お待ちしておりますわ。ブリジット嬢にも贈らせていただきますわね?」 

「わー……ありがとうございますぅ」


 ブリジット嬢あなたまで……! 


「ねえ、殿下? それなら私、遊びに行きたいです。前にお話されていた――」

「お、いいなぁ。それじゃ日にちは――」

 ブリジット嬢は表情をころっと変え、殿下にお願いをしていました。殿下もまあ……締まりのない顔と申しましょうか。でれきっておいでですわね。完全に二人の世界でしてよ。


「……」


 あの二人はともかくとして。私はシルヴァン殿の方を見ました。彼はさきほどフォローをしてくださいましたわね。殿下に物申してまで……。


「――ああ、アリアンヌ様。お帰りになられますか?」 


 私の視線に気づいたのでしょう、シルヴァン殿は私に伺ってました。そうですわね、本日はお暇しましょう。


「ええ、そうしましょうかしら。遅くもなりましたし」

「かしこまりました。殿下、アリアンヌ様がお帰りになられます。私の方でお送りしますので」


 聞こえてねぇだろうけど、とぽつり。シルヴァン殿のご指摘通りか、殿下はブリジット嬢に夢中です。


「本日はありがとうございました。失礼させていただきますわね」


 私の挨拶もそう、素通りされているようです。ええ、帰りましょう……。

 私はシルヴァン殿の誘いによって、部屋を退室することにしました。最後に一礼しようとしたのですが――。


 上目遣いのブリジット嬢はこちらを見ることはありません。ただ、殿下は――横目でこちらを見ておいででした。気づかれていたのでしたら、私は改めて挨拶をしようと――。


「……!」

 

 一瞬だったのでしょうか。こちらを射抜くような――咎めるような目。何故ですの……私は何も責められることなど。


「――おっ、帰るのか? 気をつけてなー」

「……え、ええ。ごきげんよう」


 大口を開けて笑う殿下は、いつもの彼。私もまた、動揺を隠しながらも退室するのでした。



お読みいただきまして、ありがとうございました!

明日も続きを投稿予定です。

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