喜ばしき婚約者。
その日の授業を終え、私は学園の図書室へ訪れていました。
私はシルヴァン殿のことを知らない。調べてわかったことは、イヴによってですものね。手始めに彼の父君の作品を調べることにしました。ここでわからなければ、今度は国立図書館に行ってみましょうか。
「……」
美術のコーナーですわね。私は以前のことを思い出そうとしています。かつて食堂の一室で拝見した絵画。サインが記されていたはずです。名前は……確か、確か。
「!」
ええ、思い出しましてよ! 画集自体は無いと思いますが、文献でもありましたら。
「……あ」
父君単独のというわけではないですが、私は関連してそうな書籍を見つけました。『若き才能たち』と記された本です。そちらに名が連なっていましたから。
父君はとても評価されていた。若くして才覚を発揮し、多くの作品も生み出していたと。温かな画風が受けていたのに――一枚だけ。その絵は掲載されてはいなかったけれど。
「……狂王」
タイトルでだけでもそう、ただならぬものでした。ダンジョンでイブも口にしていましたが、これは偶然なのか、それとも――。
「――あなたが目にするものではありませんよ、アリアンヌ様?」
「!」
本は取り上げられてしまいました。私は何事かと思いましたが――そうしたのはシルヴァン殿でした。
「……ああ」
こんがらがるところでした。今のシルヴァン殿は前髪も上げられており、佇まいもきっちりとされていますもの。
「シルヴァン殿……」
「調べ物も結構でございますが、程々になさってくださいね? ……気が滅入るだけですから」
勝手に調べた。私は責められる覚悟でした。実際はそのようなことはなく、シルヴァン殿は咎めることはありませんでした。
「見つかってよろしゅうございました。私はあなたを捜しにきたのですから」
「そうですの?」
どうやら彼は私を捜しまわっていたようです。私は首を傾げました。
「ええ。殿下があなたと放課後出かけたいと。お待たせしておりますし、早速ではありますがご同行願えますか?」
「ええ、かしこまりました」
シルヴァン殿は命を受けてのことでしたのね。それもそうですわね。
「エミリアン様、待ち遠しそうにしておられましたので」
「……そうですの?」
にわか信じ難いことではありますが、シルヴァン殿は嘘はいってないようです。少なくとも、彼の目にはそう映ったのでしょう。
「……愛されてますね」
「!?」
それはさすがに、と私は反論をしかけました。いえ、それはまずいでしょう。
「……それでしたら、喜ばしくはありますわね。ほほほ」
仮にも殿下の婚約者であろう者がですもの。私はうまく笑えていたでしょうか。
「……喜ばしい」
反芻するのはシルヴァン殿です。彼の表情はどこか……茫然としているとも。さすがに気のせいでしょうか……。
「……。ええ、婚約者であらせますからね。仲睦まじいことは素晴らしきことでございましょう」
シルヴァン殿は秀麗なる笑みをみせました。彼は私に伝えます。
「――アリアンヌ様が殿下の婚約者であること、それは私にとっても喜ばしいことです。どうか、どうか末永く殿下を支えてくださいませ」
彼は深々と頭を下げてきました。その表情は窺えません。
「シルヴァン殿……ええ、誓いますわ」
ええ、私は……アリアンヌ様もそう。昔から決まっていることを守ろうと頑張ってきた――王太子殿下のお傍にいるということ。
「……」
……決まっているのでしょう? そうして生きてきたのではありませんか。私は何を考えようとしているの。
「重々承知していますわ。だから面を上げてくださいませ」
「……かしこまりました」
面を上げたシルヴァン殿は綺麗に微笑んでいました。それはまさに、主の婚約者に向けられたもの。そうですわね、私たちの関係はそう。
「……」
きっと彼と望めるのは友愛まででしょう。私たちの関係に恋愛が成立することなどない。そうでしょう、シルヴァン殿?
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