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婚約破棄された現実。

「……」


 隣にいるヒューゴ殿、彼もまた、私を見ております。感情が読めませんわ。あなたもなのかしら。いえ、あなたこそ、そうすると思っているのでしょうね。


「……ふう」


 溜息一つだけ、つかせてちょうだい。ええ、私がするべきことわかってますから。ほら、私の従者も。前方にいる彼が今にも怒鳴り込みそうになっている。


 さあ……立ち上がりましょうか。


「――殿下、発言をお許しください! アリアンヌにございます!」


 私は息を吸い込むと、殿下に向けて声を張り上げた。声、出るものですのね。自分に妙に感心してしまいましたわ。このような時ですのにね。


「殿下のお言葉、しかと承りました! お考えあってのことと、存じておりますから!」


 どよめくのは生徒達。私の言葉、意外と思われていたのでしょうか。

 いえ、アリアンヌとして生きてきましたから。私は、自分はおかしくも間違っているとも思ってはおりません。意地ともいえました。


「並びにブリジット……様! 貴国とのつながりは、我が国に豊かさをもたらしてくださると、信じております! 私はボヌール家の者、アリアンヌ・ボヌールとして――祝福するまでです!」


 ボヌール家の人間として、この国の最善を願うまで。それが私の誇りです。恥じることもないのですから。

 ええ、恥ずかしくなどない。堂々としていれば良いのです。


「さて……」


 また生徒達も騒ぎ出してしまいましたわ。醜聞そのものですもの。


「――殿下。お話は以上ですの? どのみち、正式な手続きもなされることでしょう。婚約は破談、お間違いございませんわね?」


 私が手を叩くと、よく反響した。声も震えることなく、殿下に尋ねる。


『ああ』

 殿下はそう返事なさったのでしょうね。よく聞き取れませんでしたが。言った手前というのもありますが、ここまで彼の矜持を変えたのですから。そう易々と覆りはしないでしょう。


「……」


 さあ、帰りましょう。放課後の予定もちょうど無かったもの。イヴに声を掛けて、まっすぐに帰宅すればいい。


「……アリアンヌ様」


 私の気のせいでしょうが、ヒューゴ様が心配そうな顔をなさっている。あなた、それどころじゃないでしょうに。好きな相手が別の殿方と婚約するというのに。


「――あなたはどうなさるのかしら」

「え……」

「戯言でしたわ。お忘れになって」


 私は力なく笑ったあと、その場を去ることにした。その時、ヒューゴ殿がどのような顔をしていたのか、私には知る由もなく――。



 講堂の外に一人出ましたが、大半はまだ残っておられるようですね。木々がそよぐ中、私は深呼吸をしました。色々と衝撃的でしたので、落ち着かせたかったのです。


 しかし、婚約破棄ときましたか。


「……気に入ってくださるって、そう思っておりましたのに」


 殿下への贈り物も、渡せずじまいになりそうですわ。ええ、私達の関係はもう。


「……私と殿下だけの問題でもありませんわね」


 ええ、わかってはおります。先程はああ言いはしましたが、我が家にとって――せっかくの縁が破談になってしまったこと。王族に嫁ぐことは当然として、育てられましたのに。


「……はあ」


 今になって実感が沸いてきましたわ。婚約破棄―重い事実ですこと。私一人ではなく、多くも巻き込むことになってしまいますもの。

 私がもっと努力を怠らなければ。もっと殿下の御心を掴んでいれば、避けられたことでしょう。帰宅後、開口一番に詫びなくては。



「……ブリジット様も、好いているのかしら」


 帰路に着く生徒に紛れて、私も校門前の通りを歩いていた。イヴには声を掛けておりません。彼が馬車に来てくれるのを待つことにしたのです。考え事がしたいのもありました。


「あなたはどうする……って」


 人の恋路を心配している場合じゃ、ありませんでしょうに。


 改めて脅威だと思いました。これぞヒロイン力というものですね。ヒューゴ殿を除いて、出逢って一日も経っていないというのに。もう骨抜き、四枚抜きではありませんか……。

 最終目標は友愛といえど、私は彼女に勝たなければなりませんのね……。


 と、考えている内に、迎えの馬車まで着いてしまいました。運転手が私に挨拶をしてくれたのと、伝言を預かっているようです。


「――先に帰っていてほしい、ですって?」 


 イヴはどうやら学園に残るとか。面倒事は起こさないから、信じてほしいと。イヴ……あなたなら心配には及ばないとは思いますが……。

 

 私は馬車を出してもらうことにしました。



 私は沈む気持ちのまま、屋敷に着いてしまいました。メイド達に迎えられます。その様子からして。話は伝わってしまっているのでしょうね。運転手もどことなくそうでしたもの。


 給仕長の話によると、父母は各所を挨拶しに回っているとのことでした。そう……でしょうね。対処に追われているのでしょうね……。


「――アリアンヌ様におかれましては、ごゆるりとお体を休めてくださいと。旦那様、奥様より言伝でございます。明日以降もそうされても構わないとも」

「……ええ、わかりましたわ。ありがとう」


 父母も大変な立場でしょうに、私のことも汲んでくださっているのですね。そうですわね。登校、しづらいですわね。ですが、休むことは致しません。


 たとえ、破棄された身であろうと。今は気持ちを振り絞るしかありませんから。



 父母の各所への挨拶回りは続いたままです。お二人は帰ってこないまま。

 イヴは遅くに帰ってきたと聞きました。登校の時間も遅らせるということで、私達はすれ違う形になってしまいました。

 皆が皆、従者と連れ立って入学しているわけではありません。一人であろうと、私は堂々と登校すれば良いのです。さあ、学園へと向かいましょう。




 学園に着くと、生徒達が通学路を歩いています。いつもの朝の風景。まあ……若干? 曇り空ともいえますが、ええ普段通りですわね? 私もいつも通りで参りましょう。


 さあ、一日の始まりですわ。まずは挨拶から。私は笑顔で話しかけますの。


「ごきげんよう!」


 さあさ、笑顔ですのよ。相手がどれだけ気まずくしてようと。


「……」

「……」


 遠巻きに、無視をしてようと。ええ、聞こえなかったということで、もう一度。


「ごきげんよう! そちらのあなたもごきげんよう! 皆々様方、ごきげんよう!」


 朝からよく出る声ですわ。我ながら。

 ようやく。ぽつりぽつりと挨拶が返ってきましたわ。ですが、事態は何も好転などしていませんでした。どなたも私から逃げるように去っていくのです。


「……。ごきげんよう!」


 へこたれてなどいられませんわ。私は道すがら、生徒達に声を掛けて参ることにしました。



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