不思議な主従関係。
しかし、殿下の御用とは? コロシアムの件から私を避けておいでですし、予想した通り、ブリジット嬢の面影を求めてでしたか。
「殿下、差し出がましいことをお詫びいたします。私は戻らせていただきます――」
「ま、待ってくれ! 君に用があるんだ!」
「私でございますか……?」
私は制服のスカートの裾をつまんで挨拶をしようと、その時でした。殿下からのお声があり、しかも相手が私だというのです。なんとも驚いたものでした。
「……はあ、やっと言えた」
殿下は殿下で胸を撫で下ろしているではありませんか。シルヴァン殿も腰に手をあてて、溜息を一つ。やれやれと――。
「……ん?」
……シルヴァン殿? 私の空目でしょうか。あまりにもいつもの彼、繊細な物腰な彼とは違いますものね。ええ、気のせいでしょう。ほら、優雅な佇まいですもの。気のせいね。
「私でしたのね。ええ、お聞かせくださいまし」
「……だがな、アリアンヌ!」
狙ったかのようなタイミングで、鳴ったのは予鈴でした。
「ふ……予鈴なんだな? 俺には読めていたぞ?」
ほらな、と殿下は得意げです。すっかり調子を取り戻してますこと。
「かしこまりました。では次の休み時間、殿下の教室まで伺わせていただきますわ」
「いや、それは困るっ!」
殿下は両手を振って焦っておいでです。人前では話せないこと?
「……よし、そうだ! アリアンヌ、昼だ、昼休みにしよう! シルヴァンに向かわせる」
「ま、よろしいですの?」
私がシルヴァン殿を見ると、彼は恭しく頭を下げてきました。ここは甘えることにしましょうか。
「……人目は避けないとだからな。シルヴァンもいるが、密室になる」
「密室……」
この人たちと密室。
「……アリアンヌ。誰か一人くらいなら、同伴させても構わない。君のイヴ殿でも。ヒューゴ殿でも、オスカー殿でもいい。そこは……譲歩する」
「……殿下?」
随分と具体的にお名前が出てきましたのね……? 現時点でヒューゴ殿の名まで出るとは、仲が良いと思ってくださっているのでしょうか。
「……誰かを同席させる」
そうですわね、その方が私も安堵はしますでしょう。殿下もそう仰っているのですから。ですが――。
「……むしろ、そうしてくれ。申し訳ないことをした。俺は君に酷いことをした。信頼を欠くようなことを」
「……」
殿下はこんなにも俯いて、罪に苛まれているようで。私は殿下をどこまで信じればよいのでしょうか。それは今もわからないまま。
「……殿下。あなた様が疑うのも無理のないお話、そうでしたでしょう? 殿下からの信頼を得なかったのは私ですから。私からしては……」
あなたを信じる。あなたを疑わない。それを口にしては、安っぽくも嘘っぽくも聞こえてしまうことでしょう。私はやはり、警戒はしたままですから。そうではあっても。
「殿下は民の前をもって――私を解放してくださったのですから」
私はこの人のことはわからないまま。それでも――約束は守ってくれたのだから。こうしていられるのもそう。
「そのような御方ですもの。私、彼らに同伴をお願いしたりしませんわ」
「……」
私は微笑んでそう答えました。殿下はしばらく黙っておいででしたが。
「アリアンヌ……アリアンヌぅぅぅ」
「きゃっ!?」
殿下の瞳から大量の涙が、ぶわっと流れてきました。大粒のそれは止まること知らず。しかもです、私にまで抱きついて縋ろうとしていませんこと!? スローモーションのように迫る殿下、避けれる速度ではありますが、そういうわけにも――。
「――殿下。
相手はご婦人です。ご自重くださいませ」
「んぐっ」
なんとも見事なのでしょう。シルヴァン殿が早業で殿下の首ねっこを掴んでますわ、再び。
「うん、ちょうどいい。このまま連れて帰りましょうか」
「はーなーせー、シルヴァーン!」
満足そうなシルヴァン殿は、抵抗する殿下をもとのもしません。
「では、アリアンヌ様。昼には迎えに参りますので。失礼させていただきます」
何事もなかったかのように、優雅に笑んで殿下を連れていったのでした。
「ええ、お待ちしておりますわ……?」
呆気にとられた私は、遅れて返事をしていました。もう聞こえない距離のはずかと――。
「!」
シルヴァン殿は振り向きざまに微笑みを向けてきました。会釈をした後、殿下を連れていきます。ますます遠のく彼ら。あなた、聞こえていて……?
「……不思議な方々」
王太子と側近という関係でありながら、こう、親しみがあると申しましょうか。コロシアムの件で殿下側が寛容になったかというと、そうではなさそうですわ。どうやら前からのようでしたもの。
本当に不思議な関係ですのね。




