殿下がじっと見ている。
私たちが通う歴史ある名門、アリエス学園。今日もまた、学園生活が始まりましてよ。雨の湿度もなんのその、大樹の魔力によって快適さが保たれていますわ。私は夏服にカーディガンを着用して自己調節してましてよ。
私の教室に到着しました。前に力任せに開けてしまいましたからね。淑女にあらず淑女にあらず。静かに扉を開けましてよ。
「ごきげんよう!」
朝の挨拶でしてよ! 思いの外大声になってしまいましたわ、勢いが余ってしまって!
「おはよう、アリアンヌ様! 今日も力が有り余ってそうだね!」
「声でかっ。って、おはよ。朝からその元気さ羨ましいわ……いつでも戦えそう」
ああ……皆様からも挨拶が返ってきましてよ。良い朝ですこと。いじられてなどいませんわ。
「おはようございます。早速いじられてますね」
「いいじゃん。体力も元気も溢れすぎなのは本当だけど、いいことじゃん?」
ヒューゴ殿もオスカー殿も返事してくださいましたが……いえ、いじられてなくてよ? というか、お二人は肩を寄せ合って何かの本を読んでいますわね。
「あ、気になる? 『卑怯な手には卑怯な手を』って本。俺たち勉強しているわけ」
「ま、そうですの。卑怯な手……?」
「そ。絡め手対策!」
オスカー殿がはきはきと教えてくださいました。そんな、目には目をみたいな……。
「ちなみにですが、貴女の兄君の著書です。購入しておくものですね」
「ええと……お買い上げありがとうございます?」
兄が出版していたとは初耳でした。しかもヒューゴ殿が手にしておられたとは。
いずれにせよ、賑やかな朝の教室。いえ……少しは大人しくも寂しくもありますわね。
――ブリジット・バリエ嬢。あっという間にクラスの人気者となった彼女が、休学しているから。
セレステ同様、転生前に一緒に過ごした彼女。名前も同じブリジット。どこか彷彿させる彼女に親しみを覚えていても、私たちは……ライバル関係だから。
「……?」
なんでしょう。教室内がざわついてきましたわ。ヒューゴ殿たちも読書をやめて、扉の方をご覧になっています。私は背を向けていましたわ、振り返ってみましょうか。
「……殿下?」
「……」
……殿下? 彼が教室の扉の外で、こちらを見ているではありませんか。じいーっと。
ああ、殿下。あなたはブリジット嬢を愛していましたものね。だからですの? 今はいない彼女の面影を求めて、教室にやって来られますの? すっかり憔悴しきってますものね。お痩せにもなられました。心痛は察しますわ。
「……」
「……」
「……」
ずっと様子を窺う殿下。そのような殿下を眺める私。経過を見守る級友たち。埒が開かなくなってきました。
「ひゃっ!?」
突拍子もない殿下の驚きの声。そのまま彼は――何者かに首ねっこを掴まれているではありませんか! そのまま引きずられていきましてよ!
「殿下!?」
さすがに黙って見過ごせません。私は駆け足で教室の扉までやってきました。
「た、たすけてー」
制服の襟を掴まれてジタバタしている殿下と、その背後には――。
「三文芝居でしょうか、エミリアン様? ――ああ、これはアリアンヌ様。ごきげんうるわしゅう」
長めの前髪を上げておられる、総髪の男性。すらりとした体躯に儚い印象を与える殿方――シルヴァン殿。優美な笑顔が様になる彼でございます。
いつもの表情、いつもの態度――変わりませんのね。その下では私を陥れようとしていたのに。
「……ごきげんよう。殿下、御用がおありでして? 私が承りますわ」
それでも下手には動けないから。今は私もまた、普段通りでいましょう。それに、そろそろ殿下も解放して差し上げた方がよろしいでしょう。
「わっ」
殿下はやっと解放されたそうです。その拍子で前によろけてしまいました。いきなり手を離したシルヴァン殿を恨めしそうにみています。
「……」
その……シルヴァン殿? 扱いが……雑ではなくて? あなたの主では……?
シルヴァン殿をクビにしたどうこうのやりとりがあったこと、けれども復帰されましたわね。殿下が甘んじているのも、孤立していたところに戻ってきたこともあってでしょうか。




