断罪の時――悪役令嬢の不貞疑惑。
夜の倉庫。密室で二人きりの男女。
『ほら……冷えるから』
春の夜はまだ、冷えていて。震える私を抱きしめるのは――彼。彼が貸してくれたジャケットごと、私を包み込んでいた。
『……』
彼の温もりが心地良くて、不安な気持ちも溶かされそうで。私は彼に身を委ねようとしたけれど。
『お気遣いは感謝いたします。ですが』
私は彼の肩に手をあてて、離れようとしました。これは彼の優しさ、気遣いでしょう。ですが、よろしくない行為でもありましょう。
私には婚約者がいて。そちらの方はあなたにとっても大切な――。
『……』
彼は何を言うこともありません。それからきつく抱きしめられ、彼の体温をより強く感じられて。
『お願いですから……』
気遣い、親切心。もしくは他のなにか……とにかくまずいのです。私だってそう、このまま包まれていたくなってしまう。そうだとしても……。
我が力をもって、彼から引きはがすしかない。そう考えていた時でした。
勢いよく倉庫の扉が開かれ、現れたのは――。
『殿下……!?』
――エミリアン王太子殿下。私の婚約者であられる方。彼は多くの軍人を引き連れています。
『これはこれは……まさかの二人が、なんともまあ』
殿下は大仰に額に手をあてながら、悲嘆しておられます。この現状を見てのことでしょう。
逃れられない状況。決定的ともいえる場面。
わたくし、アリアンヌ・ボヌールは今――断罪されようとしています。
『……エミリアン様』
私を抱きしめている彼は呟きました。殿下に気づきはしたものの、私を離そうとはしません。むしろ牽制しているような眼差しを……考え過ぎでしょうか。
『……失礼します。痛かったらごめんあそばせ』
我が腕力をもって、私は彼の両肩を掴んで離れました。痛めないようにはしたのですが、顔を歪められてますわ。やはり痛かったのでしょうか……。
『これはどういった状況だ』
殿下の底冷えするお声。怒りも滲ませたものでもあります。ええ、殿下。あなたがお怒りになる状況でしょう。
『殿下、申し上げます。私達は閉じ込められたに過ぎません。決してやましいことなどございません』
私は彼から離れられたので立ち上がって訴えます。そうです、この状況は私達が望んだ状態ではなかったのです。私達は何も――。
『いやいや、アリアンヌ? 君を疑っているわけじゃない。その男に連れ込まれたんだろ? 見損なったぞ……紳士の風上にもおけない』
殿下は一瞥していました。違います、そうではありませんわ!
『殿下……決してそのようなことはございません。彼はそのようなつもりは毛頭も――』
本当に誤解なのです。私は必死でした。
『必死だな、アリアンヌ。そうか……そうかぁ! 君もそうだったのだな』
殿下は私の様を見るといなや顔を歪ませていました。殿下が手を叩くと、控えていた配下の方が資料を提示してきました。
『これは――君達の証拠だ』
――密会のな。
それは殿下による宣告でした。それらを紛れもない証拠として、羅列していきます。いずれも私と彼との二人きりの場面、そう見えなくもない私たちの姿がありました。
『殿下……』
殿下はやはり、そうなのでしょうか。あなたは何が何でも私を――断罪しようとしていると。
『……ふむ。アリアンヌ、君は本当にこの男に無理を強いられたわけではないのか。そうでないなら――裏切り、不貞行為にあたるのではないか』
不貞。あなたの婚約者である私と彼が、そのような関係であったと。『今回』はそうしようとしているのですね。
『殿下、そのような事実はございません。私も彼も、あなたの信頼に背くこどなど決してありません』
私は背筋を伸ばして、堂々と言い放ちました。
――脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯。
この世界は同人ゲームの世界。日本で暮らしていた私、小川結衣が死後に転生した世界。
公爵家令嬢――アリアンヌ・ボヌール。ゲームの主人公である悪役令嬢。彼女もそう、殺されてしまった。
死亡エンドが無かった物語が、歪んでしまった。それも私の介入があってという。
私がするべきこと、それは――攻略対象とのエンディングを迎え、そうして物語を正していくこと。
現時点で二名、エンディングを迎えている。攻略対象は残り二名……二名になった。隠しは今でも見当がついてない。
さて。そろそろ戻ろう。今の私はアリアンヌ様として生きているから。
生きとし生けるものの、生命と力の源。世界の根幹である大樹。
ここは大樹をいただきし、栄えある国アルブルモンド。大樹の恩恵に授かりし大国。
そして、名門と呼ばれし我らが学園――アリエス学園が舞台となっています。
ゲームの世界だとしても、私は今ここで生きているのです。
わたくしは、アリアンヌ・ボヌール。華麗なる脳筋悪役令嬢として――。




