裏で手を引いていたのは。
「ずっと……このままじゃいられないの?」
「あなた……?」
イヴは膝に手を置いて、俯いたままでした。私は菓子を棚に戻し、席に座り直しました。彼は続けます。
「だって、オスカー様とは御友人止まりだし……! あの王太子との婚姻も破談になった! お嬢様の名誉を傷つけられることもなくて!」
「それは……」
イヴは激しい感情をぶつけてきました。彼が睨みつけているのは書でした。
「だったらこのまま続いたって……!」
「このまま……」
このまま続いたのなら。そうだったらって、私だって本当は願っていて。でも、こればかりは叶わないこと。そういうわけにはいかないから。
「イヴ。この日々が続くとしたら――アリアンヌ・ボヌールと殿方が結ばれた時ではありませんの? 友愛という形になりましたから、繰り返しはほぼ確定でしてよ」
しっかりしなさい、私。私は小さく首を振ったあと、イヴに返答しました。
「あ……」
イヴの瞳が揺れています。あなたがこんなにも落ち込んでいるのは、このことですの?
「だよね……そうだよね。アリアンヌ様は残り二名に」
あなたは本当に辛そう。言い淀んでいるイヴでしたが。
「あの二人なら……なおさらだ」
「……!」
あの二人。シルヴァン殿……それにエミリアン殿下? イヴ、あなたは何を言おうと……。
「まずはここからですね。お嬢様、父の件は誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、よいのです。たくさん聞きましたから。あなたに落ち度などありませんわ」
「はい……」
私は断言しました。本当のことですもの。
「……それで、父のことです。あのろくでなしの犯行だと思って、僕は一人で問い詰めたんだ」
「ヒューゴ殿とご一緒ではなかったの?」
「はい。ヒューゴ殿と別行動だった時に。だから……僕しか知らない」
「!」
私の喉が鳴った。イヴが何か、とんでもないことを言おうとしていると。
「なんとか黒幕を吐かせました。あとは金をもたせて、国外に逃亡してもらってます。あんな奴だけど父親……ううん、まずいことを知ってしまっているから」
黒幕。ライバル商会の少女だったと。そこまでは私も存じてます。
「僕はブリジット様への謝罪もあったけど、他にも目的があった。――首謀者と思わしき人物に極秘裏に確認をとる為」
「思わしき……?」
私の心臓が早鐘を打つ。おさまってなどくれない。はい、と頷くイヴによって、もっと激しくなっていく。
「その少女もまた、利用されていた。駒に過ぎなかった――裏で手を引いていたのは、エミリアン殿下だ」
「……」
ああ、そうなのですね。私の中にストンと落ちてきた。
「シルヴァン様も動いていたといっていい。あの人たちがここまでしたのも」
「……」
「ここまで手の込んだことをしたのも……」
ああ、イヴ。それ以上は言わせませんわ。あなたはもう、辛い思いをし過ぎてますもの。
「――婚約破棄をしたかったから。そうですわね?」
「アリアンヌ様……」
「殿下はどうしても破棄がしたかった。でも、普通にはできなかった。納得のいく理由が今回はなかったから」
私からすらすらと言葉がついて出てきます。私自身は……茫然としておりますのに。
「殿下はおそらく御存知なくて……コロシアムという場を選んだ。それでも私は危ない時もあった。実際に私が死んでも構わないと……それほどまでに疎ましかったと」
そう、あなたはそうでしたの、殿下……? 私は未だに信じたくない気持ちの方が強いのです。
「……そんな二人があなたの相手なんだよ」
イヴは私以上に泣きそうな顔をしています。彼がここまで言いたくなかったのも、納得がいきました。
「ええ……ですが、私は背けませんわ。お考えがわからないお二人ではありますが――立ち向かうまでですわ」
私は自身を奮い立たせていた。ヒューゴ殿やオスカー殿とは違う。私に明確な悪意があると思わしき方々。それでも、私はどこかで彼らのことを信じていたのです。
それは、彼らが見せたもの。ふとした時の表情。事実が一つだけではないと、そう思えるようなものでした。
イヴが退室した後、私は椅子に座りながら窓を眺めていました。思い返す言葉は、大樹の新門番さんの言葉。
『そうだ。それが――あなたが次に輪廻に向かう為の術だ』
『さよう。世界を――物語を、正しいものへと戻す。それが、あなたに与えられた役目でもあるようだ』
そう。私は彼らとエンディングを迎えたら―私は新たな転生をすることになる。この世界とはもう。
「……アリアンヌ様」
私の中で眠り続けたままの彼女。彼女に返す時はいつか来るから。
「限られた日々ですから、せめて……」
よりよいものでありますように。私は祈るような思いで曇天の空を見上げていた―。




