公爵からの話。
私達は馬車の中で仮眠をとる形となりました。公爵邸に着いたのは明朝でした。両親も心配してくれているでしょうに、待たせることになってしまいました。
「アリアンヌ!」
邸に戻ると母が駆け寄ってきて、私を抱きしめてくれました。無事であって良かったと、そのような思いが伝わってきます。
「お母様……ただいま戻りました」
「ええ、ええ……おかえりなさい」
私達は帰還の喜びを分かち合ったのでした。
イヴの案内で私達は応接間に通されました。部屋の中には厳格なる雰囲気の父が待ち構えていました。
「ご苦労だったイヴ。下がりなさい」
「……。はっ、失礼させていただきます」
イヴは退室していきました。ああ……あなたは居てくださらないのですね。仕方のないこどですが。
「フェル家の方よね? オスカー様? オスカー殿? それとも、オスカーちゃん? どうお呼びすればよいかしらー」
この緊迫した空気の中、母だけが呑気なものでした。
「お、お好きなようにお呼びくださいませ……」
いつもは朗らかなオスカー殿も、笑顔を忘れているくらいですのに……。
「座りなさい――二人とも」
黙りきりだった父がようやく口を開きました。私は座ろうと彼に促しますが。
「ボヌール卿、先日の件、誠に申し訳ございませんでした!」
オスカー殿は勢いよく頭を下げていた。いや、それだけでは足りないのだと土下座をしようとしていた。
「オスカー殿、そのような……」
「――オスカー殿。その件でお呼び立てをしたわけではない。顔を上げなさい」
父の声は怒ってなどいませんでした。私達家族に向けるような――優しい声だったのです。
「……私はイヴに命じていた。本日――娘を助けた者を連れてきてほしいと」
「!」
そのようなやりとりがありましたの。それでイヴは……オスカー殿を連れてきてくれたのですね。
「オスカー殿、ありがとう。君は命の恩人だ」
「いえ、そんな。俺……私は礼を言われるほどでは」
父が立ち上がって、そして頭を下げていた。それにオスカー殿は恐縮していた。
「お礼だけでは足りないくらいだ。褒賞ももちろん考えている。考えておいてくれないか」
「いえ、本当に……お礼とか結構です。単純に彼女を助けたかっただけですから」
オスカー殿は手を振って父からの提案を遠慮していました。
「アリアンヌ様が無事だった、それでもう充分なんです」
「オスカー殿……」
彼は幸せそうに笑いながら、そう言ってくださいました。私も嬉しくなってきましたわ。
「なんという若者よ……! 本当に良いのだぞ、何なりと申すがよい」
父は胸を打たれたようです。涙ぐんでいました。
「あ、そっか。それでしたら、これからに向けて『つながり』を持っておきたいです。落ちたと言われたフェル家もこのままにはしておけませんし。その……コネです、はい」
オスカー殿は恥ずかしそうにお願いしていました。
「オスカー殿、大事なことだと思いますわ」
私も賛同しました。きっとお父様も、そうでしょう?
「うう……フェル家にはお世話になったこともあった。力になれなくてすまなかった。君はどれだけ苦労をしてきたのか……」
ついには本格的に泣き出してしまいましたわ。ハンカチで涙を拭っては握りしめています。
「うう……あいわかった。あとは食料も贈ろう。我が領地の名産だ。育ち盛りの子もいるであろう」
「えっ、いいんですか! やった!」
オスカー殿の顔が一気に明るくなりました。そうですわね、喜ばしいことなのでしょう。
「ふふ」
オスカー殿。あなたはやはり、領民思いではありませんでしたか。私は満足しておりました。ええ、これでよいのです。これでこそオスカー様ですわ。
彼の思いを拒むことになった。傷つけることになった。けれども、これで良かったのだと。
「……?」
私は数度、瞬きをしました――緑の蝶が二匹、飛んでいるのですから。ええと、今ですの? 私の幻ではなくて? ……いえ。
目を疑いもしましたが、私の空目ではないようです。オスカー殿は話に夢中で気がつかれていないようです。




