堕ちた令嬢の断罪ショー。
人々の興奮冷めやらない声。久々の空気、そよぐ風。風は土ぼこりを立たせていた。
観衆が私を取り囲む。目覚めた私はここがどこだかわかった。ここは――コロシアムだと。
「……夜の、コロシアム」
日は落ちていました。時間にして18時頃といったところでしょうか。荒々しい観客たちは私に罵声を浴びせています。
「――静まれ」
この場にそぐわない人物により、一気に静まり返りました。私は見上げたその先には――。
「……殿下」
遥かなる高み、迎賓席にいた殿下は正装をしておられました。公務の時のお姿そのものです。シルヴァン殿はおられないようですが、護衛である軍人たちが控えてもいます。
「やあ、アリアンヌ。よーく眠れたかぁ?」
殿下は何事もないかのように、普通に話しかけてきました。
「……ええ、おかげさまで。よく休ませていただきましたわ」
私も倣いますわ。なんてことないと笑おうではありませんか。
「……」
殿下は黙られてしまいましたわ。ここからだと表情まではですが、真顔になっているかもしれませんわね。
殿下。あなたは何をお考えですの。すぐに処刑しなかったのもそう。そして――処刑の場をこちらに選んだのも。
私は一歩下がった。体は十分に動かせますわ。何が何でも逃げおおせてみせましてよ。
「……好きだっただろ、コロシアム」
殿下は懐かしむかのように、そう口にしていました。それが何を意味するのか。
「昼の部じゃなくてごめんな? でもいいよな、どっちだって」
殿下は足を組み替えて、笑顔で仰ったことは。
「――お前は処刑されるのだから。大好きなコロシアムでな」
「殿下……」
そのようなことをにこやかに――愛おしむかのように言う彼が。
「……」
失礼ながらも、人の心をもっているとは思えなくて。
「なに、俺は鬼じゃない。君にも最後のチャンスを与えようと思ってな」
殿下が手を叩くと、四方の門が開かれる。そこから這い出るのは――魔物たちだった。
「たくさん集めるのも苦労したんだぞー?」
だからでしょうか、3日も要したのは。殿下はそれから告げます。
「――今日が終わるまで。そこまで生き延びることが出来たら、解放してやろうじゃないか」
「!」
殿下からの恩赦と共に、観客たちは笑い声と歓声を上げた。
「……生き延びれば、だがな」
殿下は椅子に片肘をついて、優雅に見学を決め込んでいます。
彼は思っているのでしょうか――それは無理であると。そして、観客にいた側が見世物になった上で殺される。それが最高で最低な趣向になるのだと。
「……」
殿下に気をとられている場合ではありませんわ。私は取り囲む魔物達を見ました。
魔物たちは、私を丸腰の獲物だと思っているのでしょう。じわりじわりと近寄ってきますわ。
観客達からは興奮の声がします。やれ殺せだの。いや生き残って楽しませろだの。
――堕ちた令嬢が魔物に無惨に殺される。彼らがこれまで体験したことのない、希少なる『ショー』であるのでしょう。
「ああ……殿下」
あなたは、あなたという方は。
「殿下。あなたは約束は守ってくださいますのね? 私が生き延びたら、解放してくださると。加えさせてくださいまし――我が伯爵家にも手出しはなさいませんと」
「……アリアンヌ。君というやつは」
殿下はくっと目元を抑えられました。泣いている風ですが、ええ、嘘ですわね。
「君が罪人であるというのに……まだ家に迎えられると信じていて! ああ、殊勝なところもあったんだな! ……胸を打たれたぞ、約束するとも!」
こんなにもわざとらしいんですもの。まあ、言質はとりましたわ。荒くれ者なれど、多くの民の宣言でもありますものね。
「ええ、お約束ですわよ……殿下!」
私は殿下への恨みを込めつつ――近くの魔物の角をもぎとった。やられた魔物は悲鳴を上げている。
「……」
「……」
観客達の声が止んだ。それは私のこの行為によるもの。この一見、か弱き令嬢がしでかしたことに対してだった。
「殿下、確かに約束しましたわよ」
……ああ、殿下。あなたは私のことを知らなかったのですね。調べる価値すらもなかったのですね。私がどれだけダンジョン狂いで、やり込み勢だったのか。
「本日が終わるまでで、よろしいのですね? そうですわね、恩情……多大なる恩情ですこと!」
私は魔物の牙を殿下に向けて、高笑いをしていました。このような条件、私が有利になるなんて思いもしなかったのでしょうね! おほほほほ!
「……」
殿下は何も言わない。口が達者であられるから、まだ何か言ってくるかと思っていましたわ。
「さて――」
これから6時間。私は一人で乗りきらなくてはいけません。いえ、何が何でもですわね。
生き残ってみせますわ。
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