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倒れた器から、流れ止まらない想い。

「……オスカー殿、私は」


 私は彼の誘いに答えを出す。それは――。


「……申し訳ありませんわ。私は参りません」


 拒否でした。


「……なんで」


 オスカー殿は愕然としておられました。信じられないと、表情で物語ってもいます。


「ええ……オスカー殿は幸せにしてくださることでしょう。けれども、私を幸せにしてほしいわけではないのです。あなたの領民を幸せにしてほしい」

「……!」


 オスカー殿。あなたがどれだけ思い詰めていたかは理解しております。ですが、私の答えは変わりません。


「苦しませてきた一因に、私と殿下のこともおありでしょう。あれだけ領民思いだったあなたに、そのような決断をさせてしまったこと」

「……そうだよ。俺は彼らが大事だったよ。でもそれ以上に! あなたが大事なんだ!」

「そうなのですね。ええ、かしこまりました。オスカー殿のお考えですものね」


 自分でも驚くくらいに冷めた声。戸惑っているのはオスカー殿です。


「そちらはオスカー殿のこと。私は私で望んでいないのです。私が家の為に生きていたのは、その通りでとございます。努力も重圧も。公爵家の娘として生まれたのだから――育てられてきたのだから」


 あなたにも強い意思がおありだったのでしょう。それは私もそうなのです。


「私はアリアンヌ・ボヌールとして生きてきたし、これからも生きていきたいのです。以前にも申しましたが、それを変える気などございません」


 そうですわ。あの時から変わっておりません。


「ええ、家の為。しがらみもずっとつきまといますわ。ですが、頑張ってきた人生を誇っているのです――そこには私の意思は残っておりますわ」


 私は私のもだけど――アリアンヌ様が築き上げてきたこと、それを無にはしたくなかったから。


「……私達、距離をおきましょう。日にちをおけばもっと冷静に――」

「明日なんてないかもしれないんだよ!? 本当に今しか……!」


 言い終えない内に入ってきたのはオスカー殿。そうでしたわね……漠然とすれど、何かを感じ取ったのでしたわね。こうして話せるのも――今日だけだとしても。


「……オスカー殿、お引き取り願いませんか」

「アリアンヌ様……」


 私はあなたとは行けないのです。頭を下げて、お帰りを願うのでした。


「……明日の朝、出直す。頭冷やしとく」


 オスカー殿は旅行鞄たちを手に持ち、私に背を向けることにしました。


「……ええ。改めてお話しましょう」

「……うん」


 帰る気になったオスカー殿を見送っていました。

 遠ざかる彼から蝶が消えていきます。それは私にもいえたこと。


「……」 


 選択を間違えてしまったのでしょうか。それでも後戻りはもう出来なくて。

 明日にはやってくるであろう困難。たとえ、今結末を受け入れた方が良かったと後悔を――。


「いいえ」


 私が選んだのですから。受けて立とうではありませんか。




 よく眠れないまま、本日の朝を迎えてしまいました。まだ夜も明けたばかり。起きて支度するにも時間に余裕はあります。もう少しだけ横になっていましょう――。


「――お嬢様、アリアンヌお嬢様? 明朝に申し訳ございません、起きていらっしゃいますか?」


 イヴの声がしました。遠慮がちながらも連打する勢いでノックをしています。彼は明らかに焦っている、私は早急に立ち上がりました。


「おはよう、イヴ。どうなさったの――」

「すみません、失礼しますっ」


 イヴは扉が開くと同時に入ってきました。執事服でもなく寝間着姿、彼はどうやら起きた直後にやってきたようです。手にしているのは――例の書物でした。


「朝早くからごめんなさい……でもどうしても早くって」


 その場に立ったままで、イヴは好感度のページを見せてくれました。もう心の準備とかいってられないとも。

 開かれたページ。そこには四名の殿方の項目。中程度の好感度のヒューゴ殿。底面をついた好感度の殿下と側近殿。そして、オスカー殿。彼は満杯に近かったはず――。


「!?」 


 デフォルメされたオスカー殿は通常通り。ただ好感度を表わす器が――。

 前に倒れてしまっていました。そこから――液体のようなものが流れていました。どくどくと、流れていって。


「……ね、おかしいよね。割れたこともあったみたいだけど。こんなことってあるの?」


 狼狽えるイヴの声。彼は異常を察知したのでしょう。


「……いえ」 


 器は倒れたまま。そこから流れ出る液体は止まってくれない。ずっと溢れ出たままで。


「いつから……?」


 バグによっていつか特定出来ないのが痛いところ。いつからこの状態を引き起こしたのでしょうか。


「……」


 バグは確定ではありませんから。やはり、昨夜のことが――。


「……教えてくれてありがとうございます。さあ、イヴ? まだ早いですから」

「……本当に大丈夫? 僕、これだけじゃないんだ。なんか胸騒ぎが止まってくれなくて!」


 イヴは書を胸に抱えながら、不安を訴えています。イヴ、あなたもですのね……。


「ええ……大丈夫ですわよ」


 私もまた不安な気持ちはあります。最早言い聞かせに近いものでありました。




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