蝶が誘う夜の逢瀬。
今日が終わろうとしています。私はベッドで読んでいた本を閉じ、本棚に戻しました。照明も消して、このまま寝ようとしていました。
「え……」
私の近くを舞うのは――緑色の蝶。ふわりと窓の方へと飛んでいく。私は吸い寄せられるかのように、窓を開いてバルコニーの方へ。
色違いではありますが、前にもありましたわね。今は一匹の蝶、けれども私を誘っていき。そして――対と引き合わせていく。
「……オスカー殿?」
バルコニーの下にはオスカー殿。彼の周りを漂っているのも緑の蝶でした。
「……ごめん、アリアンヌ様。こんな時間に非常識だってわかってる。でもどうしても今日逢っておきたかった。話したいんだ」
眼下から語りかけてくるオスカー殿、彼は。
「――今日を逃したら、もう二度と逢えなくなる気がして」
緊迫めいた表情でそう言ったのです。
「あなたは一体何を……」
不吉なる気配が這いよってくる。私にもそれが実感できて。
今日を逃したら。明日、明日何が起こるというのです。
「近くで話がしたい。こっち来て、アリアンヌ様」
オスカー殿は両手を広げられました。私を受け止めようというのでしょうか。
「私は……」
私が思い浮かんだ二択。
自室に招き入れるか……いいえ、それはまずいでしょう。
このまま飛び降りて、彼に受け止めてもらうか。彼はもう克服したのでしょうか。ブリジット嬢相手でなくても問題ないのでしょうか。
「……。そちらに参りますわ。お待ちになって」
ここで第三の選択。私は冒険セットからロープを取り出し、手すりに引っ掛けました。ロープを頼りに下りていったのです。
「……わーお。まじアリアンヌ様って感じ」
オスカー殿は腕を下ろしながら困り笑顔をされていました。
「アリアンヌ様……」
下りてきた私を見て、オスカー殿もまた近づいてきます。蝶同士の距離もそうです。
……心がざわつきますわ。何かが起こるようなことがして。
「嫌な予感もされておいでですのね。余程のことなのでしょう。お話とは?」
焦れた私の方から切り出しました。オスカー殿は私の危機を伝えてにきてくだったはずだと、私は思っておりました。
「……えっと、漠然としているっていうか。俺がただ不安になっただけっていうか」
「そうですの? まあ、虫の知らせのようなものかもしれませんわね。私の方も警戒しておきますわ」
明日何かが起こるとわかったのならば、心構えが出来るというものです。私はオスカー殿に感謝しなくては。
「アリアンヌ様」
彼が呼ぶ。そして私を見つめる。とても強く――熱の篭った眼差し。
「もう今しかないんだ。だから俺、話をしにきた。伝えたい」
「……」
目を奪われていた私に、さらに彼は近づいてきました。
「お願い、俺の手を触ってみて」
「あなた何を……」
「お願い」
私はブリジット嬢ではありません。あなたを傷つけたくない。そもそも殿方の手に気安く触れるなど。私は頭で色々考えるけれど。
私もまた、熱に浮かされてしまったのかもしれません。軽くですが、彼の手に手を重ねました。
「……」
黙ったままのオスカー殿。その手は振り払われることもなく。彼が青褪めることもなく。
「ああ、克服されたのですね。本当に良かった――」
私の言葉は途切れてしまった。それは――彼に抱きしめられたから。
「……そうだよ。家族と向き合えたのも、克服できたのも。全部」
彼が抱きしめる力が強くなっていく。
「全部――アリアンヌ様のおかげなんだよ。あなたと出逢えたから。あなたが力をくれたから」
「そ、そうですのね……」
私が返せたのはこのくらいでした。この熱さに頭がぼうっとしてしまっていて。
「……そうだよ。アリアンヌ様がいてくれたから」
彼の鼓動の音が聞こえる。掠れる声が耳元に伝わってくる。
「ずっと、一緒にいてほしいんだ。これからもずっと」
「え、ええ……そうですわね」
「友達じゃないよ。これは友情じゃない」
「!」
はっきりと言われてしまった。この感覚は逃げ道を塞がれたようなもの。
「俺はアリアンヌ様が好きなんだ」
「あ……」
はっきりと。これからも友人としてなどと言わせないような。
仲が良くなっていった。距離も近づいていった。それでも彼は、友情以上の関係を築かないのだと思っていた。私も例外ではなくて――。




