暗闇イベント――オスカー編。
両親やイヴたちにもお土産は買えました。じきに集合時間となります。私は早目に待機しようとも考えていました。
「あ……」
通りがかったのは、アクアリウム。実際に魚が販売されている場所でもあります。幼い頃の私が興味あった場所。でも、寄りたいと言えずにいて、そのまま過ぎていってしまった。
「入口からも近いですし」
少しの滞在だけだと言い聞かせ、私は入ってみることにしました。
水槽から漏れる光と足元のライトだけ。巨大水槽で泳く魚、趣向を凝らした鉢はそのまま持って帰れそうなサイズ。
客数は今の時間帯はそれほどのようで、カップルがちらほらといるくらいです。いずれも仲が睦まじい方々、互いにしか目に入っていないのでしょう。推定です……あまり見ないようにしませんと。
「……」
この暗がりの中ですもの。暗闇に微かな光だけ。ゆらめく魚たちを見ることもなく、ただ目の前の相手だけを目に映して――。
「――アリアンヌ様」
「!」
暗闇から聞こえてきた声。声でわかりました――彼はオスカー殿。
水槽からの灯りによって、オスカー殿の姿もはっきりとしてきた。私は足を前に出すも、踏みとどまってしまう。
今は彼に近寄るべきではないと、そう言い聞かせていた。今朝の件もそう、今の状況だってそう。出会ってしまったのは、単なる偶然なのだから。もう起こってしまったことだから。私は普通に接すればいい。
「……ああ、オスカー殿ですわね。暗闇だと、その、わかりづらいですわね」
「俺はすぐにわかったけど」
「そ、そうですのね。すごいですわね」
ストレートな物言いに怯んでしまったのは私。無難な応答しか出来ない。
「お一人ですの? 皆様はご一緒ではなくて?」
私はたまにあなた方とすれ違ってました。気づいたオスカー殿は笑いかけてくださったけれど、私は下手くそな笑顔しか返せなかった。ただ、楽しそうなあなた達を見送っただけでした。
なのにこうして一人になっていた。それはあなたが――。
「そうだよ。一人になりたかった。というより……一人になって考えたかった」
……私の心を読んだのかしら。オスカー殿は一人でいた理由をそう語っていました。
「考え事……ですのね。でしたら私はここいらで失礼させていただきます」
楽しいお出かけの最中でしょうに、それでもあなたを思い悩ませていたもの。ご友人からはぐれてまで考えたかったこと、ならば。私も彼をそっとしておくべきだと思っていました。
「アリアンヌ様のことだよ」
はっきりと。オスカー殿は仰っていたのです。
「ちょうどよかった。やっぱ、本人に直接聞くのが一番だ」
私達の間で保たれていた距離。その均衡が崩れた。
オスカー殿が一歩、一歩と。私に近づいてきた。
「……集合時間、遅れてしまいましてよ。その場で受け付けますから」
「今がいい」
私からの提案を拒み、彼はついには目前まで。私の背にあるのは、巨大水槽で。
「前にも聞いたけどさ」
オスカー殿は水槽に両手をついて、私は彼に覆われる体勢になっていた。彼は言う。
「アリアンヌ様はさ。本当に殿下と結婚したいの?」
ええ、あなたは前にも言いましたわね。
「……お言葉ですが、私にとっては至極当たり前のことですから」
「うん、公爵家の令嬢だからね。アリアンヌ様の気持ちはお構いなしでさ」
彼の明るい顔、弱った顔、むくれた顔。色々な表情を見てきたと思っていたのに。
「……あの婚約者よりもっと。思いを寄せている。幸せにしてみせるって」
こんなにも追い詰められた彼の顔――見たこともなかった。圧されてしまいそうになる。余りにも彼の眼差しが強すぎて。
「……そう思っている存在だって、いるのに」
彼は何かを踏みとどまっている。まだ、一線を超えないようにと。でも、もう彼は――。
「アリアンヌ様、俺は……!」
何かが決壊しそうだった。私は、私はどうすればいいの。このまま彼の言葉を待てばいいの。彼が何を言おうとしても、受け入れれば――。
受け入れてエンディング? 私がこのまま待っていれば。こんなにも追い詰められていて――苦しそうでもあるのに。
「……」
私は小さく首を振った。今のオスカー殿は――決して冷静ではなかった。暴走しているともいえた。そう、あまりにも追い詰められ過ぎていて。
「オスカー殿。私は王太子殿下の婚約者です。生涯彼を支えていくと、アリアンヌ・ボヌールはそうして生きてきました」
私は一線を引くことにしました。毅然とした態度で答えます。
「え……」
オスカー殿は一瞬にして現実に引き戻されたよう。ただ悲しそうに私を見ています。
「殿下は私を愛さない、それでも構いません。オスカー殿、心配してくださったのですね。深く感謝しています。あなたはいつも……私に優しくしてくださる」
オスカー殿に囲われた状態であろうとも、私は背筋を正し、彼からも目をそらしたりはしない。
「……あのさ。友達だからって、優しくしてたって思ってる?」
オスカー殿からの問い。
「はい」
私はそう答えました。答えてしまいました。
「そっか。そう、友達だからか……俺達は友達だから」
オスカー殿の体が離れました。彼は穏やかな顔をしていました――怖いくらいに。
「まだ……全然まだなんだ」
オスカー殿はずっと呟いてましたが。
「……うん、わかってるよ。まだ友達なんだよね……わかってるから」
「……」
間違ってしまったかもしれないません。そうだとしても。
あなたと私は友人。一線を超えることもない。私は言い改めることは出来ませんでした。
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