表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

ワインディングロードのその先へ

 舞のドライブテクニックとコペンの性能は、箱根の山道でその本領を発揮した。急ブレーキでコーナーに入ったかと思うと、急加速しながらコーナーを抜け出す。それが延々と繰り返される。パンダくらげは、私のパーカーの胸元に潜り込んで、しがみついている。

「だ、大丈夫? 山道をこんなに飛ばして?」

「えー! 一応制限速度の範囲だよ。オプション装備でフロントスーパーLSDをつけてるから、コーナーの立ち上がりがすごいんだ。」

 何がスーパーだかわからなかったが、とにかく安心材料にはならなかった。


 黄色い車は、彫刻の森美術館の駐車場に停まり、舞はオープンカーの天板を元に戻した。入場券を買い、まずは屋外の彫刻を見て回る。秋空を背景に、どの作品も映える。

 敷地の奥にたどりつくと、少し曲線がかった白い壁面に、でかでかと「PICASSO」と描かれている建物が現れた。ゾーンは大きく3つに別れ、テーマごとに絵画や陶芸、立体作品などが展示されている。

 週末にも関わらず、人影はまばらだ。舞と私は別々に、思い思いに展示を見て回る。

 ピカソは愛情をもって作品の対象を受け止める。だから、どの作品からも可愛さを感じる・・・舞の言ったことが、なんとなくわかったような気がした。


 舞の部屋に飾ってあった絵を思い出す。どの絵にも「淋しさ」を感じた。

 よく笑う子が描く、涙。


 舞と私は、2階の展示ゾーンにある、一つ絵の前で合流した。

 作品の名は、「二人の顔」。

 その絵をしばらく無言で見つめる。


 不意に舞は私の前に立ち、絵画への視線をさえぎる。

 両手で私の頭をやさしく挟み、ゆっくりと顔を近づける。

 二人とも、自然に目を閉じる。

 ずっと昔、母のお腹の中で、二人がそうしていたように。


 お互いのおでこが軽く触れた時、それは起きた。

 舞の記憶と思いが、私の頭に入り込んでくる。

 私の記憶と思いが、舞の頭に流れ込んでいく。


「そうだったんだ。」


 そう言って、舞は私の頭から手を放した。

 目を開けると、すぐ目の前に、私と同じ栗色の瞳があった。


「双子だもんね。わかっちゃうんだね。」

 恐る恐る舞に聞く。

「何がわかったの?」

「『瞑の人生』では、ボクは生まれてこなかったんだね。」


 舞は知ってしまった。もう、嘘はつけない。


「舞、聞いて。」

 私は両手で舞の両肩を掴み、栗色の瞳を見つめ直した。

「今、舞がどんな人生を歩んできたか、わかったわ。私の記憶が全てじゃない。何よりもほら、舞は私の目の前にいるじゃない。あったかい体がここにある。これが事実よ。あなたは、『生きている』。」


 舞が抱きついてくる。私も肩に置いていた両手を舞の背中に回す。

 涙が溢れるが、両手がふさがっているので拭くことはできない。

 舞が描いたような、大粒の涙。


 天井のスピーカーから、間もなく閉館とのアナウンスが流れる。

 私は抱いていた腕を下ろす。そして舞の手をとり、歩き始める。

 透明なケースに容れられた立体作品を眺めながら、二人でゆっくり展示室を回り、階段を下りる。

 パンダくらげは、おとなしく私たちの後をフワフワとついてくる。


 外に出るといつの間にか陽は傾き、青空は深みを増している。木々の間に散在する彫刻作品の影が、芝の上を長く伸びている。


「これから、どうしよっか。」

 自然と独り言がこぼれた。舞に聞いたわけではない。

 今日の、これから。

 明日からの、これから。


「ねえ、ご飯食べて温泉入らない? 日帰り温泉。」

 舞は私の言葉をシンプルに受け取り、提案してきた。

「Good Choice! そうしよう。」

 舞の口癖を真似て、その提案に乗っかった。


 コペンに乗り込み、舞は再び天板を開け、オープンカーにする。寒いかと思ったけど、シート内蔵のヒーターが効いて、じんわり背中とお尻が暖かい。

 しばらくスマホをいじっていた舞は、日帰り入浴と食事ができる施設に電話し、予約を入れた。

「週末だけど、予約とれたよ。ラッキーだね。」

「うん、ありがとう。」

 舞は調子を取り戻したみたい。


 黄色い車は、紅葉の始まった山道を進む。運転はさっきより幾分おとなしい。

 シートにもたれて私は考える。

 ずっと感じていたモヤモヤ感の正体、それは「食い違い」だ。舞が経験してきたこと、私が経験してきたことのズレ。微妙なズレ。だけど、私と舞が「一緒にいない」決定的なズレ。このズレはどこから来るのだろう。そしてこのズレを繋いでスキマを埋め、私たちを出会わせたものは何だったんだろう。それがまだわからない。

 新しいモヤモヤ。

 

「何か、今二人でこうしているのが不思議だね。」

 ハンドルを握る舞が、ぽそっとつぶやく。私と同じようなことを考えているんだろうな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ