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臨時急行00号

 それからは慌ただしかった。温泉から上がり、浴衣からパーカーとデニムに着替え、部屋で待機してもらっていた、パンダくらげを抱きかかえ、ほとんどスッピン状態でフロントに行き、精算を済ます。

 そう言えば、舞のパーカーとデニムを借りっぱなしだ。

「この服、着たままでいいのかな?」

「・・・うん。いいんじゃない。」


 舞はフロントガラスに顔を近づけ、用心しながら、でも急いで車を走らせる。カーブにカーブが続き、私は左右に揺さぶられながら舞に尋ねる。

「ねえ、どういうこと?」

「多分、だけど。・・・ボクと瞑を繋いだもの。2つの違う世界をつないだもの。それは、あの電車だったんだ。」


 そうか。

 舞は、私が感じていたモヤモヤに答えを出した。

 舞が経験してきたこと、私が経験してきたことのズレ。

 このズレを繋いで二人を出会わせたものの正体。


 車は山道を抜け、小田原市街に入る。左手に小田原城が見えてきた。

 土曜の夜10時過ぎの小田原市街。人影はまばらだ。


 舞は駅の近くにある大きな駐車場に車を停める。トランクを開け、私のバッグを取り出す。

「急いで!」

 私のバッグを持ったまま、小走りに先導する。駅ビルに入り、コンコースを抜ける。小田急線に改札口が見えた。


 電光掲示板の下で私たちは立ち止まり、見上げる。

 “臨時急行00号 新宿 23:03 10両”

 臨時急行。舞の言ったとおりだ。発車3分前。

 

「はい。」

 舞は私にバッグを渡す。

「え?」

 舞があんまり急かすから、この状況が何を意味するのか、考えが回っていなかった。


「これで、瞑は元いた場所に帰れる。」

 舞は後ろ手を組み、うつむく。


「で、でも、私たちはどうなるの?」

「ここで・・・バイバイかな?」

 舞は少し顔を上げ、笑顔をつくろうとする。


「そんな、急すぎるよ!」


“間もなく、10番線より23時3分発、臨時急行新宿行きが発車します。

 ご利用のお客様は、ご乗車になってお待ちください。”

 

 駅のアナウンスが入る。


 私の足は動かない。動けない。


 この電車に乗って、元いた世界に帰れる。

 でも、こうも思う。

 別に、あんな世界。帰らなくたっていいじゃない。

 心が乾いてしまう世界。舞のいない世界。

 

 私は抵抗を試みる。

「ねえ、舞の服、借りっぱなしだよ、舞の部屋に戻って着替え・・・」

 舞は最後まで言わせてくれなかった。


「だめだよ、瞑。この電車を逃すと。」

「これを逃すと?」

「多分、あっちに戻れない。」


「いいの。舞とずっと、ここにいたい。」

「ボクだって、そうしてほしい。でも・・・だめだ!」

「何で?」

「瞑には瞑の人生がある。今までの。これからの。あっちに戻ることが瞑にとってのGood Choiceなんだってば!」

「やだ! ここにいる。」

 私はその場にうずくまる。


 電車の発車メロディが鳴り始めた。


「ええい、もう! 瞑はお姉ちゃんのくせに、駄々っ子なんだから。」

 舞は私の手を取ると、ぐいと立たせ、そのまま改札口に引っぱっていく。

「ほら、カードをピッして!」

 私は勢いに押され、言われるがままにバッグから取り出し、自動改札機にタッチした。二人で一緒に改札口を通る。


 “10番線の23時3分発、臨時急行新宿行き、間もなくドアが閉まります。無理なご乗車はおやめください”


「ち、ちょっと!」

 舞は、私の手首を掴んだまま、走るスピードを上げる。

 一番近くのドアに「私たち」は滑り込んだ。

 その瞬間、プシューッと音がしてドアが閉まった。


「あはは、無賃乗車しちゃった。」

 舞は頭の後ろを手でポンポンたたいて笑っている。


「ちょっと、舞! お気楽に笑ってるけど、あなたどうすんのよ?」

「んー、どこかの駅で降りられるんじゃない? 車も駐車場に置きっぱなしだし。戻らないとね・・・まあ、座ろうよ。」



 乗った車両には誰もいない。

 私たちは並んでシートに腰かけた。

 しばらく無言で、電車にガタンゴトンと揺られていた。


「なんか、すごい2日間だったね。」

 舞がぽそりとつぶやく。


「ほんとね。お魚食べて、忍者になって、ピカソを見て、温泉に入った。」

 正面の窓に映った二人の姿を見ながら、私は返す。

 風呂上がりに慌てて髪を乾かして適当にアップにした、同じ髪型の双子が並んでいる。

 その間をパンダくらげがふらふらと漂っている。そういえばこの子、舞にもなついていたな。


 不意に。

 舞が抱きついてくる。そしておでこをくっつけてくる。

「瞑のこと・・・瞑の思い出、考えていること。もっと知りたい。瞑にもボクのこといっぱい知って欲しい。ずっと覚えておいて欲しい。ずっとボクのお姉ちゃんでいて欲しい。」

「うん。わかった。舞のこと、いっぱい知るよ。いっぱい覚えてるよ。舞は、たった一人の大事な妹だから。」

 涙の雫が落ち、二人のデニムに滲んでいく。私の涙なのか、舞の涙なのか、わからない。

 

 こうしているとすごく落ち着く。今、二人は同じ思いを共有している。

 ずーっと、このままでいたい。あっちの世界とか、こっちの世界とか、もうどうでもいい・・・眠くなってきたし。

 露天風呂の温浴効果が今ごろ効いてきたのか、体の力が抜け、瞼が重くなった。




"まもなく、新百合ヶ丘、新百合ヶ丘です。お降りの際は、足もとにご注意ください。”


 ハッと目を覚ます。え! 「しんゆり」って町田のひとつ先じゃん。乗り過ごした!?

 

 なんだか窮屈だ。ねぼけまなこで左右を見回す。

 私は、やや太めのおじさんと、ややマッチョな若者に挟まれて座っている。

 座席は全部埋まり、つり革につかまっている人も多い。

 窮屈の原因は、おじさんたちだけではなかった。私の服装は、グレーのパンツスーツに戻っている。


 舞は? 


 見当たらない。いや人が沢山いすぎてわからない。

 パンダくらげはと言えば、私の肩の上でスヤスヤ寝ている。


 寝起きでうまく頭がまわらないが、反射的にスマホを手に取る。

 時間は23時44分。

 曜日は・・・金曜日。 

 昨日の夜に戻っている⁉


 疑問を確信に変えるアナウンスが入る。

"この電車は小田原行き最終電車です。どなた様もお乗り過ごしのないよう・・・"


 ということは。これまでの出来事は、全部、夢?


 いや。

 こんな鮮明な記憶、夢であるはずがない。

 夢落ちなんて、絶対だめ。


 それだけはゼッタイ許せない。

 だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだ! 


 はっと思いだし、スマホのアプリを探し、タップする。

 どうか!

 どうか、写っていて。


 あった。


 NINJA館での風魔忍者の顔出しツーショット。

 お揃いの編み込みアップ髪での浴衣ツーショット。


 どちらも瓜二つの顔が並んでいるが、舞と私に間違いない。

 夢じゃなかった。私たちは確かに二人で旅をしたんだ。


 体を前に折り曲げ、スマホを持つ手に額をつける。

 勝手に涙がこぼれ落ちてくる。

 勝手に感情が泣き声に変わる。

 

 「あなた、大丈夫? 」

 隣のマッチョが気遣う。

 「・・・はい。何でもないです。」

 わるいけど、ごめん。ほっといて。


 電車は新百合ヶ丘に着く。顔を上げるが、もちろん舞は見当たらない。電車から降りもしないし、乗っても来ない。


 ドアが閉まり、静かに電車が動き出す。次は下車駅、町田。

 もう一度寝過ごそうか? このまま降りずにもう一度小田原まで行こうか?

 そう考えたものの、却下した。この電車に乗っていても、あの奇跡は起きないと直感したから。


 電車は町田駅のホームに滑り込む。私は立ち上がり、重いカバンを肩にかけ、開いたドアから降りる乗客の流れに身を任せた。

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