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新宿発、マイ終電

 23時22分発、快速急行小田原行き。

 私は、この電車を自分の最終電車と決めてる。なぜかと言えば、地元の町田駅まで「今日のうち」に帰れるから。といっても、駅から住んでいるアパートまで徒歩10分。シャワーをしたり、化粧を落としたり、なんやかんやでベッドに入れるのは午前1時を過ぎる。でも「その日のうちに」という安心感はどこかで欲しい。

 この路線は「この時間帯なら割と空いている」という理由では、乗る電車を選べない。昼も夜も、上りも下りも、だいたい混んでいるからだ。

 もう座席は埋まっていて、ドア付近まで人が立っている。その間を縫って車両の奥に乗り込み、自分の場所を確保する。

 発車ベルが鳴り、ゆっくりと快速急行が動き出す。肩の上では、『パンダくらげ』が私の首に頭をくっつけて寝ている。あ、コイツはいつのまにか・・・物心ついた頃から私のまわりをウロウロと浮遊しているが、本当に存在するのかどうかも疑わしい。今まで、誰からもジロジロ見られたり、それ何? とか声をかけられたりしたことがないのだから。

 下北沢駅に到着。運良く自分が立っている前の席が空く。両隣には、やや太めのおじさんと、ややマッチョな若者が座っているので、一瞬躊躇したが、今日は、さすがに座らせて欲しい。狭いスペースに身をよじりながら収まる。バッグが両隣にぶつからないよう膝の上に置き、目を閉じる。


 残業仕事中に、営業から接待の宴席への呼び出し。事前に断っておいたのだが、お客さんにせがまれて、どうしても来て欲しいとのことだと。「申し訳ない」と頼む営業の声には、まったく申し訳なさがこもっていなかったが、仕方がない。残りは来週に回そう。GoogleMap君の命令に従い、飲み屋に向かった。

 何の実りもない馬鹿話につきあって、あのー、これってセクハラじゃない? と思うようなことを言われて。

 二次会に新宿二丁目のバーに行かないかと誘われたが「明日朝早いので」と、きっぱりと断って、マイ終電に間に合わせた。


 美大で学び、大手広告会社や有名クリエイターの制作会社への就職を夢見たが、現実は甘くなかった。大学の先生や先輩のツテで、小さな制作会社からの誘いもあったが、私は、大手・メジャーにこだわった。ベンチャーに勤めていた会社が潰れ、そこで勤めていた父や母が苦労を重ねて来たのをずっと目の当たりにしていたからだ。

 そんな苦しい中でも私のワガママを聞いてくれ、学費の高い美大に通わせてくれた両親には頭が上がらない。母は「二人分の教育費を考えたら安いものよ」だから気にしなくっていいよと言う。そう言われると、気が滅入る。

 私には双子の妹がいて、二人で生まれてくるはずだった。

 でも。

 生きて生まれてこれたのは私だけだ。二人の娘に注ぐはずだった愛情とお金を私に集中させた。

 勤め先のことで親に心配かけたくない。私はキャラクターのライセンスビジネスを展開している大手企業から内定をもらい、入社を決めた。デザイナー志望として入社し、配属先は「制作営業企画室」という謎の部署だった。実際は営業部門で、セールス資料を作ったり、それを元に客先を回ったりしている。残業代はちゃんとつくが、ダメ元的な営業資料を作らされたり、突貫作業を頼まれたりと慌ただしい日が続く。

 美大時代は、課題の仕上げや個展の準備などで、連日の深夜作業はざらだったけど、辛いとは思わなかった。なにせ、好きでやってることだし、その時間そのものが楽しかったから。

 今の仕事は、会社が利益を上げるために重要なものだとわかっている。多分「働く」ということはこういうことなのだろう。われながら考えが甘いと思うけど、自分がやりたいことと何か違う。じゃあ、具体的に何やりたいの? って聞かれても、すぐには答えられないのがもどかしい。

 自分でこの仕事を選んだことを棚に上げて、脳内で毒を吐いている。あまり得意でないお酒のせいもあって、その毒が頭の中をぐるぐるとまわり、不快な睡魔が押し寄せてくる。


 自分の力で食べていけるし、これでいいのだ。いや、これでよかったのか?

 ムニャムニャ・・・


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