文化祭後に、菊は咲かない
「最後の文化祭?」
「ああ、俺の母校。廃校になるらしいんだ」
「ふぅん」
「で、懐かしいから、卒業校を案内したい」
次のデート先が自分の母校の文化祭だなんて、ダサイ男。
そう思ったけど、にっこり微笑んで同意した。
有名企業に勤める彼。
そろそろ私に結婚を申し込んでくる筈。
機嫌損ねて逃がしたくない。
「わかったわ。貴方の母校なんて楽しみ」
頷いたのが先日。
私はいま、退屈な高校で菊を見ながら歩いてる。
「在校生が毎年育てるんだ。大輪を咲せるのは大変なんだよ。土から用意するし」
彼の案内のまま校舎裏に進むと、見上げる程の枯れ葉の山。
菊に使う腐葉土を作っているらしい。
辺りは無人。
生徒の催しは、表校舎のみ。
彼が立ち止まって、振り返った。
「学生の頃、ここで意中の彼女に告白した」
ムッ、なぁに突然? 別の女の話。
もしプロポーズの前振りなら、センス無さすぎ。
「嬉しかったよ。里美ちゃんからOK貰えて」
「っ! 里美ちゃん?」
どきりと心臓が跳ねる。
偶然よね?
「どうしたの? 顔色が良くない」
「だっ、て、気分悪いわよ。私という花嫁候補の前で、元カノの話。しかもちゃん付けで呼んでるなんて」
「へえ? 朱璃さん、俺の花嫁になるつもりだったんだ」
「え?」
「意識の違いだね。俺は君のこと、"彼女"だと思ったことすらないよ。──岡鞍里美、この名前、知ってるよね?」
彼は何を言っているの? 何を言い出したの?
岡鞍里美、同じ職場で目障りだった女。
いなくなれば良いと過度な嫌がらせを繰り返し、ついに退社させて喜んだ直後、訃報を聞いた。
精神を病んで自ら……とか噂があったけど。
私には関係のない話。
心の弱い女、ざまぁ、と思って、すっかり記憶からも消し去っていた相手。
その女の名前が、どうして今、彼の口から出るの?
「里美ちゃんとは結婚する約束もしてたんだ」
落ち着いた彼の声が、いつも以上に硬質に聞こえる。
何、なになになに?
私の全身が、怖気を感じて警鐘を鳴らす。
(彼の空気が異様だわ!)
慌てて踵を返した。
人が多い場所へ早く。
ブォ──ッ!
高らかなブラバンの音が鳴る。
今日のメインと言われてた演奏が、始まった?
人はそっちに集まってる、そこまで走れば。
「っあ……!」
音が響く。遠く向こうで。
声が囁く。耳の真横で。
「この腐葉土が来年使われる予定はない」
意識が掠れる……。
「どっちが先だろうね? 校舎の撤去と、人が腐るの」
最期に、聞こえた。
「君は花嫁どころか、菊の花にもなれないよ」
お読みいただき有難うございました!
実は今回のなろラジ、最初に書いたのはこのお話でした。
でも初手がバドエンなのもなぁ、と先に昨日ライトなハピエン『雪山に、閉じ込められたから』を投稿しました。トーンがガラッと違って申し訳ないです(;´∀`)
朱璃と里美が生きているルートを下記にご用意しております。
このままの余韻が良いという方は、SS750文字を飛ばしてスクロールください。
お話をお気に召していただけましたら、下の☆を★に色付けいただけると嬉しいです(´艸`*)
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(何なのよ、一体!)
ムカムカする思いを抱えながら、舗装を蹴るように足を運ぶ。
私は、生きていた。
あの後。
文化祭終了後、倒れているところを学生に発見され、殺されかけたことをすぐさま警察に訴えたけど──。
逆に私の薬物所持を調べられる結果となった。
なぜなら、今回の加害者で恋人だったはずの喜久原大也が、存在してない男だったから。
卒業名簿にも、勤務先の企業にも該当者なし。
そんな馬鹿な。私、あいつのマンションにも行ったし、社員証だって、他にもいろいろ……。
そのすべての痕跡が消え、まるで夢だったみたいに残ってない。
それに死んだと思っていた岡鞍里美。
彼女も生きていた。
訃報は彼女の親の話で、岡鞍里美はそれを機に、以前から話のあった縁談を受け、嫁いだらしい。
退社と訃報の時間は、前後していたのだ。所詮は噂話、ガセが多い。
(つまり寿退社だったってわけ? 相手は親戚だか幼馴染だか知らないけど、名家の御曹司なんて、あの女には不釣り合いよ! 若奥様とか呼ばれて、趣味の園芸に勤しんでるだなんて、腹が立つ!)
結局、倒れた原因は「貧血だろう」とか言われて、警察は早々に私の件を打ち切った。今も取り合って貰えず、追い返される始末。
(納得がいかないわ)
でも。
あの時感じた恐怖と殺気は本物だった。
もしかしたら私は、触れてはいけない世界に触れたのかもしれない。
(もし、本当に岡鞍里美が命を絶っていたら……、私の命も、絶たれていたかも……?)
ゾクリ。
想像に、背筋が凍った。
(警察も介入出来ない相手だから揉み消された、とかじゃないわよね?)
そんなドラマみたいな大物が転がってるなんて考えられないけど。
ひとまず腐葉土に埋められずに済んで安堵した私は、翌朝の出勤で企画から倉庫作業に回されたことを知った。
過去の嫌がらせが、バレたらしい。
悪夢はまだ、終わっていなかった。