彼氏が「銃弾は銃口を見てれば避けられる」と言うので本当に銃で撃ってみた
ある一軒家に二人組が住んでいた。
一人は若い女。健康的な小麦色の肌をしており、上はタンクトップ、下はジーンズという姿でソファに寝転がっている。
もう一人は男。女とは対照的に不健康そうな青白い肌をしており、床に座って漫画を読んでいる。近くには十冊以上の漫画が積み上がっており、漫画好きであることが窺える。
すると男が言った。
「銃弾ってのはさ、銃口をよく見てれば避けられるんだよ」
「は?」
女はきょとんとする。
「銃弾ってのはまっすぐにしか飛ばないわけじゃん? だから銃口を見れば、どこに飛ぶのかは読める。あとは引き金を引く瞬間さえ見逃さなければかわせるんだよ」
得意げに言う男に、女はため息をついた。
なぜ突然こんなことを言い出したか、理由が分かったからだ。
男の手にある漫画は、いわゆる超人的な身体能力を持つヒーローが活躍する作品で、その中で今説明したようなやり方で銃弾をかわすシーンがあるのだろうとすぐに想像がついた。
「あんたね、漫画の読みすぎ」
「なに?」
「いくら銃口や引き金に注意しても、銃弾をかわせるわけないでしょ」
何かを言おうとした男を遮るように、女は解説を始める。
「一般的なハンドガンの弾速でさえ、速度でいうと秒速300メートルから400メートル。これがライフル弾にもなると秒速1000メートルに達することもあるわ。ちなみに音速は秒速340メートルよ。つまり、音に匹敵するか、それ以上の速さなわけ。あんた、音をかわせるの?」
「かわせるさ!」
男はサッサッと首を左右に動かす。
そのどう見てもスピーディとはいえない動きに、女は目を細める。
「いや、無理だって」
「かわせる!」
「できないって」
「絶対かわせる!」
首を振り続ける男。
男が半ば人間メトロノームと化しながら熱弁するので、女はついに決心した。
「じゃあ、試してみる?」
「え?」
「実際に避けられるか、試してみるかって聞いたの」
これに男は自信満々に応じる。
「うん、やってやるよ!」
女はさっそく、ソファから立って、クローゼットの引き出しに入っている拳銃を取り出した。
黒光りするその代物はむろん本物。
なぜ、こんなものを持っているのかというと、二人がコンビを組んでいる“殺し屋”だからである。
女は銃口を容赦なく男の顔面に向ける。肘を伸ばし、照準を定める。
男も真剣な眼差しでそれを見つめる。
「じゃあ、撃つよ」
「……来い!」
二人の間に沈黙が続く。
10秒、20秒、30秒。
そして、ついに――
破裂音。
銃声である。
なお二人が住む家の壁は防音性であり、音が外に漏れることはない。
一方、音と同時に放たれた弾丸は、すぐ目の前の男の額を撃ち抜いていた。
額に穴が開いた男は、そのまま背中から崩れ落ちた。
「ほらね?」
女は呆れた表情で銃口に息を吹きかける。
すると、男は起き上がった。
「待て……ちょっと油断してた! もう一回だ!」
「え~? 弾がもったいないよ」
「いいから、もう一回だ!」
「はいはい」
女はもう一度銃を構える。
男も今度こそと銃に集中する。
女が撃った。
弾丸は男の頬を鮮やかに撃ち抜いた。皮膚と肉がえぐれる。
「はい、失敗」
「うぐぐぐ……もう一回だ!」
「もう、次がラストね」
「分かってる! 三度目の正直!」
ことわざまで持ち出した男であったが、結果は「二度あることは三度ある」になってしまった。
銃弾で男の鼻の穴が三つに増えてしまった。
「ピクリとも出来てなかったじゃない」
「……」
「どうする? もう一回やる?」
女にチャンスを与えられる格好になったが、男はうつむいてこう言った。
「いや……やめとく」
女は笑顔で「よろしい」と答えた。
「だから言ったでしょ? 銃弾を避けるなんてのは漫画の中での話なの。実際にはできないの」
「はい……」
「分かった?」
「はい……」
男が思い知ったようなので、女は励ましてあげなきゃ、と判断する。
「まあ、仕事前のいいウォーミングアップになったわよ」
「じゃあ、さっそく修復してくれ」
「うん、分かった」
女が男の唇に自分の唇を重ねる。そして自分の唇から何かを吹き込む。
たちまち、三発もの銃弾を受けた男の顔面が元通りに修復された。
「よっしゃ、さすがネクロマンサーだな」
男が笑う。
「あんたこそ、さすがゾンビね」
女も微笑む。
「じゃあ、銃を貸してくれ。今日の標的は誰だっけ?」
「暴力団の組長さん。いつも銃を持ったガードマンを四、五人連れてるけど何とかなるでしょ」
「ああ、俺に任せとけ。お前から力を与えられた俺なら、どんな標的だって仕留められる」
二時間後、二人は仕事を成功させた。
その際、実行役である男はガードマンからたらふく銃弾を喰らったことは言うまでもない。
完
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