(3)
「でも、魔導士して身を立てて行くのって具体的にどんな道があるの?」
ティスカは漠然と思っていた疑問をぶつけてみた。
「そうじゃな……冒険者なんかはティスカの身分では勧められんな。出世を望むなら公国の近衛、実戦で鍛えたいなら騎士団じゃな」
「騎士団でも魔法戦の部隊とかあるんだ?」
「もちろんさね。魔法の研究は騎士団が一番進んでおると言っていい」
「へえーー」
「そういえば、最近ティスカが連れておるエルフの生徒じゃが」
「ノートと一緒にいるのは楽しいわ」
「そうかそうか……良い友を見つけたな」
「ノートがどうかしたの?」
「面白い魔法を使うんじゃろ?」
「そうなの!姿を消せるってすごくない?」
「わしもあの魔法は仕組みから教えてもらわんといかんなあ」
学院長は幼い顔に似合う照れた笑みを見せる。
「それでじゃな。その魔法について面白いものを見せよう。次の休日にその子と一緒に侯爵邸においで」
「グランパのおうちに?」
「そうじゃ。仕込みをしておくからの。外出許可証は部屋に送っておこう」
「わかったわ」
その日の放課後に、ティスカはノートに侯爵邸訪問の件を伝えた。
「僕が?侯爵様のおうちに?」
「そう。ノートの魔法の件で面白いものを見せるって言ってた」
ノートは侯爵という上位貴族の威光に気がすくむ気持ちになった。
「僕がそんなところに行って本当に大丈夫なの?」
「わたしのグランパのうちだから大丈夫よ! ノートが来ないと意味ないんだからしっかりしてよね!」
「う、うん。わかったよ」
「まあ、多分お迎えが来るから有無を言わさず連れていかれるだろうけど」
「ええーーーーー」
その時、ティスカは窓の外から視線を感じた。
「……!」
何かが外にいたような気がした。あたりを見ましてみたが、異常は無かった。
「どうかした? ティスカ」
「ううん。何でもない」
放課後の教室には夕日が差し込んでいた。
次の休日の朝、ティスカとノートは魔法学院の正門前に集合した。
「おはよう。ノート」
「おはよう。制服指定で助かったよ。貴族のうちに行くのに立派な服なんて持ってないから」
「だから、そんなにかしこまらなくたって大丈夫だって」
「そうは言っても初めてだからさ……」
指定の時間になると、郊外の方向から馬車が近づいてくる。2頭立ての豪華な4輪馬車だ。
「お迎えが来たようね」
馬車は二人の目の前に止まると、中から礼装の青年が降りてきた。いかにも貴族という感じだ。
「ごきげんよう、ジョー兄さん。彼がノートよ。ノート、こちらはジョージ・ランバート。ランバート家の次の次の当主」
「ほっ、本日はお招きあ、ありがとうゴザイマス……」
ノートは緊張してガチガチだ。
「はははっ、楽にしていいよ。乗って乗って」
華美な装飾が施された派手な馬車は、郊外の侯爵邸に向かう。
「親戚の小娘を迎えに来るのにしては、ずいぶん派手な登場するのね。ジョーにい」
「まあ僕もエルフの子に会いたかったからさー。侯爵家の男子としては、体面上派手にしなくちゃいけないとこはあるけどね」
「礼儀作法とか気にしなくていいって、散々言ってきたのに全部吹っ飛んじゃったわ」
「ノート君だっけ。すまなかったね」
「い、いえ」
「ジョーにい、マルボークからはいつ帰ってたの?」
「うん?先月だね」
「どうだった?」
「活気があるね。亜人種の人たちがみんな働き者で、彼らに釣られて人間も良く働いてる」
「ノート、彼のお父さんがマルボークにいるらしいの」
「会ったよ。サイファーさんだよね」
「……!そうです!」
「すごい人だよ。騎士団に入って常に最前線にいるからね」
「僕も、いつか父さんみたいに……」
「ノートは、お父さんが目標なんだ?」
「うん」
(そうか、ノートはちゃんと自分の目標を持ってるんだね)
ティスカはそんなことを考えて、遠い目をした。
やがて馬車はフィラハ郊外の侯爵邸に付く。立派な邸宅を見てノートはまたガチガチに緊張した。
「もう! それはもういいから!」
ティスカはノートを引っ張って中に入る。
玄関ホールには、学院長が待っていた。
「うむ、よく来たな。早速わしの部屋へ行こう」
学院長は、いつもの緑の法衣ではなく黒のローブを身に着けていた。いや、ローブだけでなく靴やブラウスなど、目に見える範囲のものはすべて黒で統一されていた。
「グランパには挨拶しなくていいの?」
「うむ、侯爵は不在じゃ」
「ふぅーーーー」
ノートはほっとしたように大きく息を吐いた。ティスカは思わず苦笑いしてしまう。
「よし、さっそう始めようかの。ノートや、わしのそばで透明魔法を使ってみよ」
学院長はローブのフードを深くかぶると、ノートを手招きした。
ノートが制服のマントのフードを被って透明化魔法をかけると、その姿が消える。そして学院長も同時に消えた。
「あれ?なんでグランマも消えるの?」
「ふっふっふ、成功じゃな。よし、解除してよいぞ」
透明化は解除される。
「どうして?どうしてグランマも一緒に消えたの?」
「透明化の効果は本人だけでなく、同時に周囲に付与が可能なんじゃな」
「使用者が意識しなくても?」
「うむ、ただし条件がある。これじゃ」
「服装?」「そうじゃ」「なるほどねー」
「ノートは知ってたの?これ」
「……知らなかったよ」
「ノートの父がやっとったのを思い出してな」
「グランマもサイファーさんに会ってたんだ?」
「うむ」
「わたしもやってみたい!」
「そうじゃな。条件を満たすラインを探るのに今のティスカの服装は丁度良い」
試しにそのままフードを被ってみたが、ティスカの姿は消えなかった。
「靴下が白いからか。靴下だけ脱いでみよ」「うん」
次は茶色のローファー。裸足になって、白いブラウスが外から見えないようにマントを襟元まで覆うと透明化の付与に成功した。
「これ、わたし消えてるの? すごっ!」