第6話 相手によっては好みもある
それからさらに二週間くらいが過ぎた。
その間、おそらく僕と身体の相性が良すぎるらしい、あの細身のお客様からの連絡はなかった。
プレゼントとして頂いた小さなランタンは、ずっと自分の鞄の奥にしまったままだ。
しばしば送迎の車の中なんかで、その手触りを確かめたりし続けている。
そもそも、相性、なんて先輩が言うから意識しすぎてしまったが、相手の方がどう思っているのかはまた別問題なのだ。
そもそも僕は、えっちなテクニックなんてそう上手な方ではないし。
ニューハーフの人なんかの話で、元男性だからこそ相手の男の気持ちいいところがわかる、なんてことも聞いたことがあるが、僕のTSの場合は事情が違いすぎる。
元々男だったころに、自分以外の男のアレをどうこうしようなんて、一度だって考えたことはなかったのだから。
手でも口でも、そんなもの触れること自体がありえないと思っていたのに。
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第6話 相手によっては好みもある
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「……うーん。ちょっとそれじゃダメだな。ねえ、おじさんが動いてもいい?」
つまり、これが正常な反応。
この幼い見た目だけで興奮してくれるお客様なら何だろうと大丈夫だし、たどたどしいテクニックにかえって喜んでくれるロリコンさんたちも多いけど。
ホームページの写真を見て、顔だけで指名してくるようなお客様にはたぶん、僕はテク無しのハズレ嬢だと思われていることが多いのだろう。
もうこういうお仕事をするようになって三年もたつというのにこれだから、僕にはたぶんこの道の才能みたいなものが全然ないのだろう。
「えへ、じゃあいっぱい動いて、気持ちよくなって下さいね」
なんてかわいく言ってごまかしながらも、内心ヒヤヒヤだ。
アレがインしないようにうまく手で位置を調整しているつもりではあるけれど、今やっているアレをアレに擦り付けるようなプレイでは、あわよくばなし崩しで本番を、なんて悪いお客様だっているのだから。
自分の上で鼻息を荒くして動き出すお客様の姿は、まるで自分のことではなく趣味の悪い映画の中の映像みたいに、非現実的なものに感じてしまう。
「ありがとうございました。また呼んでくれたら嬉しいです」
タイマーが鳴り響き、軽くお客様とシャワーを浴びたあと、一応お決まりのセリフを言ってはみたのだが。
「うーん、うん。まあ、もうちょい色々上手になってくれたらね」
はい残念。これはリピートはないだろうね。
そうはっきりわかってしまうから、身体を重ねる職業とは厳しいものだ。
でも、こんなに分かりやすく言わなくてもな、なんて少し傷ついてしまう。
お世話になっている店長さんにも申し訳ない。
僕が客をハマらせることができなければ、その分は店の将来の売り上げも減少することになる。
お客様が吸ったタバコの煙の匂いに満たされた部屋をとぼとぼと出ていきながら、僕は深くため息をついた。
送迎のバンの中でも、なんだかモヤモヤが続いていた。
そもそもだ。
顔写真なんかだけで女の子を選ぶから悪いんじゃないか。
テクニックがお望みなら、そう推し文句で売り出している女の子だって何人もいただろうに。
わざわざお金を出して写真指名までするんだったら、口コミまでチェックしろとまでは言わないけど、公式サイトに出してある情報くらいちゃんと読んで選ぶべきだろう。
先輩のプロフィールには書いてある。リピート確実のテクニシャン、指先の魔術師であると。
僕のプロフィールには書いてある。ちょっとおませなロリっ子美少女であると。
つまり、見た目や雰囲気推しで紹介文が書いてあるということは、テクニックはいまいちである場合が多いのだ。
そこのところをちゃんとわかって欲しい。
逆もまたしかり、というケースももちろんあるけれど。
それに相性云々で言うんだったら、さっきのお客様とは相性最悪だったんだろう。
僕の方だって、あんなところもこんなところもいっぱい触られてしまったけど、全然、これっぽっちも気持ちよくなんてなかったし。
「スバルちゃん、怖い顔してるよ? リラックスリラーックス!」
いつもの運転手のおじさんが明るく声をかけてくれて、ほんの少しだけだが気分が軽くなる。
そうだそうだ。次のお客様もいるのだし。
気持ちを切り替えて、次に頑張って取り返せばいい。
今さら考えたってどうにもならないのだから、次をうまくやれるようにするしかないのだ。
「次、リピート四回目のお客さんから予約入ったってよ。また本指名だって。やるねぇスバルちゃん。あと、これで今日はちょっと早いけどラストでいいってさ」
その運転手さんからの連絡事項に、僕は少し動揺してしまった。
四回目といえば、あの細身のお客様もそうだ。
変に意識しすぎているかも知れないけれど、あの人とだったらさっきのお客様みたいに、嫌な雰囲気で終わりになることはないだろう。
運転手さんから受けとったメモには、予約のお客様の電話番号が書かれている。
何の特徴もない数字の羅列でしかないはずなのに、僕はすぐにあの人の連絡先だとわかってしまった。
「あの、次のお客様のお相手が終わったら、僕は……えっと、ごはんか何か食べて帰りたいので。だからその……」
「あ、お迎えいらないんだね? オッケーオッケー。ちょうど他の子の終わりと重なってたから、助かるよ。でもタクシーだとけっこうお金が大変じゃない? こっちも仕事なんだし、遠慮しなくても大丈……」
運転手のおじさんの言葉は、もうほとんど耳に届いていなかった。
鞄の口を広げ、その人がくれたランタンを見つめる。
さっきのお客様に対するムカムカな感情が、すでに自分の中から消えてしまっていることには、自分自身でも気がついていた。
「あっ……ごめん、ごめんね。先にお金払わなきゃね。……本当にごめん、なんかずっと会いたかったから俺、我慢できなくて」
だからそのホテルの部屋のドアを開けたとき、ずっと気にかかっていたその彼の顔を見た瞬間、僕はテンプレの挨拶もせずにその細身な体へ飛び付いてしまっていた。
そのままなだれこむようにベッドに横になって、ただひたすらに彼を抱き締めていたら、申し訳ないことに彼の方からそう言い出してくれたのだった。
黙々と渡されるままにお金をしまいながらも、ずっと彼の優しい雰囲気の横顔から目が離せないでいる。
「スバルちゃん?」
「……僕も、また呼んで下さるのを、ずっと待ってました」
自分の口からほとんど無意識に溢れてきたその言葉は、きっとこれまでに培ってきた、自分の営業テクニックの積み重ねによるものだろう。
そうに違いない。
じゃないと、まるで僕が元男のくせに、一人の男性のことを特別に意識してしまっているみたいで気持ちが悪いじゃないか。
だからタイマーを動かしはじめるときに感じた寂しさや罪悪感みたいなものは、ただ僕の気まぐれなサービス精神によるものだろうし。
彼に触られるだけで頭がチカチカするくらいの快感を得てしまうことも、女の子らしい声を上げてしまうことも、お客様を喜ばせようとしている演技の延長線みたいなもの。
帰る前にメッセージアプリの連絡先を交換してもらったことも、シャワーの後も離れがたくて一時間近くも居座っておしゃべりしてしまったことも、全部、全部ただのいつも通りの営業なんだ。
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