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第3話 待機中にもやることはある

 平日には事前予約が少ない日もしばしばある。


 だけど週末であっても、たまには暇な場合もあったりするのだ。

 天候やら何やら色々な条件でその辺りが変わってくるらしいのだが、今日のように店長の予測が大きく外れ、5人も待機室で暇をもてあましているのは珍しいことだ。



 待機中、女の子たちは思い思いに時間をつぶす。

 熱心な子はスマホを操作して営業活動に精を出しているし、ウトウトと居眠りしている子、屋上の喫煙所にこもりっぱなしの子など様々だ。


 これまでに僕が働いてきたお店は、最初は思い出したくもないような違法なお店で、次はお風呂的なお店だった。

 どちらもこういう共有の待ち合いスペースはなかったから、周りのみんなを見ているだけでも少し楽しく感じられる。


 待機室はあまり広くない部屋だから、以前には流行りの感染症で僕も含めて大勢がダウンしてしまったけれど、今ではもうみんな免疫がついてしまい気楽なものだ。



☆--☆--☆--☆--☆


第3話 待機中にもやることはある


☆--☆--☆--☆--☆

 


 ちなみに今日、僕の場合は待機室の角にある一人用の小さな机にノートやレシートを並べ、スマホをポチポチと操作していた。

 これは確定申告という、収入に応じた税金を支払うための手続きの準備だ。


「あっ、スバルちゃん偉いねえ。ちゃんと確定申告やってるんだ。やり方わからなかったらわたしに聞いてね?」


 そんな僕の姿を見て、仲良しの同僚の一人がすり寄ってくる。

 彼女は週末だけバイト的にこのお店で働いている、本業は大学生の胸が大きい女の子だ。


 うちのお店は規模が大きく多種多様な女の子が所属しており、それぞれがお客様のニーズに合わせて雇われている。


 この子の場合は巨乳需要と、現役女子大生という若さへの需要。


 僕の場合は顔の良さへの需要、スレンダー需要、ロリコン需要が主な売り出しポイントだ。

 さらにはホームページの写真の一枚が妙にナマイキな表情になってしまっているせいで、メスガキ需要すらカバーさせてもらっている。



「もうこれも慣れましたからね、大丈夫です。でも、ありがとうございますね」


 実年齢でもこういうお店のキャリアでも、この同僚より僕の方が実のところ上なのだが、僕は見た目のせいでいつでも周りに年下扱いにされている。


 実際、お店のホームページでは18歳ということになっているからやむを得ない。

 見た目で言えば18歳でもかなり無理があるくらいには幼いわけだし。


「わたしは確定申告なんて面倒になっちゃったから、今年は税理士さんにお願いするつもりなんだあ。先輩から教えてもらったとこ、手数料けっこう安いしさ」


 その同僚の大学生は、わざわざ僕の近くまで椅子を持ってきて座りこんできた。

 自分のけっこうな額の収入を見られるのは落ち着かないが、あっちに行けとは言いにくい。


 この子は女の子らしく、かなりいい匂いもするから嫌いじゃないし。



 こういうお店の人気嬢として働いているとしばしば、僕たちがとんでもない大金を稼いでいるなんて思われていたりするが、そこはかなり微妙なラインだ。

 現代のこの手の業界では、女の子の手取りは相当頑張っても月に100万円いくかどうか。さらにそこから税金も引かれるわけで、夢のない話である。


 サラリーマンと違いボーナスもなければ、将来への希望もないわけで。

 人気が出ない子や出勤が少ない子は当然収入も少なく、平然と首を切られてしまうシビアな世界でもあるのだ。

 


 待機室の窓からは、降り続く雨の音が聞こえてくる。

 外はもうほとんど暗くなってきていて、本来ならここからが稼ぎ時な時間帯のはずだった。


 お金の面で将来を考えると強く不安も感じてしまうが、たまにはこういうのんびりした日があっても悪くはないだろう。

 今日もお昼ごろは充分頑張って働いたし、最低限のお給料はもう確保できているはずだ。

 


 スマホの確定申告アプリに入力していたお給料の数字が一桁間違っていて、少し自分にイラっとしつつも黙々と修正していく。


 えっちなお店の女の子はたいていの場合、一般的なサラリーマンとは雇用の形が違っており、収入はきちんと自分で申告して税金を払わなければならない。

 もしズルがバレて脱税行為だとみなされれば、罰金的なものをがっつり持っていかれることになる。


 かつて僕が最初に働かされていた違法なお店では、このあたりも色々と僕は騙されてしまっていて。

 当時の僕はTSのせいで戸籍も失った状態だったから、短期間とはいえいきなり警察に勾留されてしまい、これで人生が終わったと絶望したものだった。


 戸籍のない犯罪者から目を離してくれるほど、警察は甘い人たちではない。



 TS娘だからこそ、他の誰よりもきちんと真面目に確定申告。

 節税は良くても、脱税はダメ、ゼッタイである。


 ましてこの業界、ここ数年は税務署がかなり目を光らせているらしく、みんな結構気を使っている部分なのだ。



「えっ!? スバルちゃんそんなものまで経費にしてるの? そんなこともできるんだあ、知らなかった……」


 後ろから同僚の女の子に覗きこまれ、ちょっぴり落ち着かない気分になる。

 自分が買ったもののレシートなんかを見られてしまうわけで、なんだか少し気恥ずかしい。


 しかも高めの位置に結った僕のポニーテールをちょんちょんつついてくるものだから、だんだん集中が途切れてきてしまう。



 確定申告ではお仕事の内容に応じて、様々なものをその仕事の経費として申告し、節税を図ることができる。

 えっちなお店の場合はかなりこれが独特で、えっち由来の病気の検査費用はもちろんのこと、お化粧品やかわいらしい洋服、すけべな下着まで申告可能だ。


 男だったころの感性のせいで、例えば化粧なんてしたくもないのだが、経費で処理できるとなれば僕としてもまあ我慢はできる。


 結局買ったものも使わなければ、ネットオークションで売りさばいてしまえばいい。

 最近はこれも税務署に目を付けられているらしいけど。

 それでも低額なら申告の必要はなく、こっそり合法なお小遣いに変えることもできるのだし。



「スバルちゃんってすごく頭いいよねえ。あのさあ、わたしの大学の宿題なんかも、もしかして手伝えちゃったりしない?」


「それはダメですよ。僕と違って将来があるでしょう? ちゃんと自分で頑張って下さい」


 スマホの電卓機能を扱いつつそう適当に流していたら、ふわりといい匂いが近づいてきて、その同僚に後ろから抱きしめられていた。


 背中にあたる胸の膨らみが、柔らかくてすごく気持ちがいい。

 うちのお店には、めったに要求はないが女の子二人で一緒にお客様の相手をするプランもあるから、ぜひこういう胸の大きな子と一緒にお呼ばれしたいものである。


「そんな悲しいこと言わないでスバルちゃん。スバルちゃんは頑張ってるいい子なんだから。きっとすぐに幸せになれるって」


 何か変に慰められてしまったみたいだが、ちょっと僕の言い方がまずかったのかもしれない。

 明るい将来なんて僕には無いということだけは、たぶん確定事項なんだろうけど。



「大丈夫だよスバルちゃん。わたしがいつかビックな女になったら、スバルちゃんをわたしのお嫁さんにしてあげるからね」


「ふふ、それじゃあ毎日頑張ってお味噌汁を作らせていただきますね、旦那様」


 雰囲気を変えるためにそんなふうにふざけあって笑いながらも、最近はときどき自分がわからなくなる。

 今は違法なルートだったが女としての戸籍も手に入れ、男性と結婚することも可能にはなった。

 だけどそれを望むような気持ちには、どうしてもなれない。


 こうしてTSしてしまった今でも女の子のことは好きだ。

 おっぱいが好きで、柔らかい体もいい匂いも大好きだ。

 だけど、同性愛者の恋人を積極的に探そうという気持ちにもならない。

 自分が実年齢的には30歳を越えて枯れてきているのかもしれないし、この身体に自分の心がだいぶ引きずられてしまっているのかもしれなかった。


 僕はもうきっと、男性のことも女性のことも愛することができないのだろう。

 いつか年老いて、独りで死んでいく自分の姿が目に浮かぶようだ。



 そんな悲しいことを考えながら、なんだかんだその同僚のふくよかなお胸に癒されていたら、店長さんが執務室からぴょっこりと顔を出した。


 周りの女の子たちが自分の指名が入ったかと期待して、一斉にその店長さんの方へ視線を向けたけれど、当の店長さんの顔は明らかに僕の方へ向けられている。


「スバルちゃん、本指名入ったよ。これからすぐ、120分のロング。電話番号見た限り、この前の土曜の夜遅くにご新規で入った人みたい。覚えてる?」


 その店長さんからの言葉に、自分の貧相な胸のあたりがきゅうっとしめつけられた。

 渡されたメモの電話番号までは覚えていなかったが、きっとそうだ、なんて考えてしまう。


 先週土曜のご新規様といえば、あの痩せっぽっちのお客様くらいだったはず。

 また指名してくれたらいいな、なんて考えてはいたが、こんなすぐに来るなんて。



「わあスバルちゃん、嬉しそうだねえ。今の指名の人、もしかしてイケメンだったの? いいなあ」


 同僚の女の子がからかうそぶりもなく、僕の人気に嫉妬するでもなく、そう単純に羨ましそうな表情で言ってくれるから、僕もなんだか得意げな気持ちになってしまって、思わずニヤつきが隠せなくなってしまった。


 イケメンだとかは僕にはどうでもいい部分だけど、ご指名をもらえること自体が純粋にありがたい話だし。

 それもこういう暇なときに、いい感じのお客様からのご指名だなんて、僕たちのお仕事では一番嬉しいことなのだ。


 だから今の自分のこのワクワク感みたいなものは、きっと特別なものではない。そうに決まっている。

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