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第2話 お客様にも良し悪しがある

「はい、昨日もお疲れ様スバルちゃん。今日も早速ご指名3本入ってるから、頑張ってきてちょうだいな」


 一畳くらいしかないような狭い部屋の中、僕は店長さんに昨日の後半の売り上げを提出する。

 代わりに封筒に入れてくれた昨日1日分のお給料と、今日のお客様の予約情報を受け取った。


 僕の場合、予約であちこち飛び回るくらいには忙しくしているせいで、一仕事のたびに売り上げを提出するのは難しい。

 なので1日の後半の売り上げは、翌日に渡す形でも構わないと言ってもらえている。


 店長さんからすれば若干リスクのあるやり方だが、僕もこの店で働きはじめて一年近くになり、そのくらいの信頼はしてもらえるようになっているということだろう。

 逆にこちらも前日分のお給料を次の出勤日に受けとるわけで、お互い様ではあるのだけれど。

 


 僕が所属しているこのお店の賃金体系はかなり良心的で、基本料金の60%が僕の取り分。

 指名料やオプション料は、安いが全額僕のものだ。


 僕はありがたいことに、この見た目の幼なさやかわいらしさのおかげで、ロリコンなお客様たちにはたいそう人気がある。

 基本的にはほぼいつもご指名だけで1日のお仕事が決まっているので、取り分は上々。


 おかげ様で今日の日払いのお給料も、なかなかご立派な金額になっているようだ。



 さりげなく雑費という名の経費は引かれているが、僕の稼ぎからすれば些末な額。

 渡してもらえるヌルヌルな液体やうがい薬、送迎のガソリン代に待機室の光熱費や維持費。

 お店の側だって、ウハウハな経営をしているわけではないのだから、多少の天引きはやむを得ない。



☆--☆--☆--☆--☆


第2話 お客様にも良し悪しがある


☆--☆--☆--☆--☆



 昨日の夜、最後に相手をした痩せっぽちのお客様は、どうにも不思議な相手だった。

 未だにどこか身体がふわふわしているようで落ち着かない。

 必ずこまめに記録しているお客様メモにも、何をどう記録しておくか迷ってしまっている。


 テクニックがどうこうというわけでも無さそうなのに、自分の身体があんなふうに反応したのは、かつて悪い人たちに騙されて危ないお薬に溺れていたころ以来のことだった。

 

 終了のタイマーが鳴ってからも、どうも止めどきを見失って、自分から無闇に時間を引き延ばしてしまったことは初めてだった。

 あれはきちんと反省しなければならない。

 こんなお仕事でも、時間厳守は絶対のルールのはずだから。



「……スバルちゃん、ちょっとぼんやりしてないかな? 体調は大丈夫?」


 店長さんの低い声に、ふっと意識が切り替わる。


 昨日のお客様とのあれこれをぼんやりと思いだしていて、目の前の店長さんの話を何も聞いていなかった。

 狭いその部屋には色々な書類がちらかっていて、ようやく頭が現実に戻ってくる。

 店長さんの心配したような瞳が、僕の顔をじっと見つめていた。



 おかしい。

 仕事中にこんなにぼーっとしているなんて、今日の僕はちょっと疲れがたまっているのかも知れない。


「す、すいません。もちろん大丈夫です。僕はいつでも元気ですよ!」 


 それなりに長い付き合いになってきた店長さんには、なんだか自分のことを見透かされてしまっているみたいな気がしてしまい、僕はさっと待機室の方へ逃げ出した。



 たまたま待機室にいた早番の同僚と少し言葉を交わしつつ、僕はゆっくりと背伸びをしてから安っぽいピンク色のソファーに座り込んだ。

 気は乗らないがスマホを取り出し、早速お仕事をスタートする。


 ご予約の時間が来るまでの短い時間にも、こうしていくらかやるべきことはある。


 いつも記録しているお客様メモの整理もそう。

 日々受けとるお給料の額も、面倒だが正確に記録が必要で。



 他にも例えばこのえっちなお店の情報サイトに、僕を呼んでくれたお客様たちへのお礼を書いたりすることもその一つだ。


 僕の場合、まだ営業用の連絡先を交換していないような新規のお客様なんかの場合はこうして、サイトに『ありがとう、またきてね』みたいなお礼をアップしており、これがリピーターさんを増やす秘訣の一つになっている。


 基本的にはありきたりな言葉の組み合わせで書くだけだから、あまりためらうことはないのだけれど。

 昨日の最後のお客様に対しての文書を書こうとしたとき、やっぱりどうしてか手が止まってしまう。



 彼はお客様としての嫌な部分が特になくて、ぜひまたご指名頂きたいような、いい塩梅のお客様だったし。


 その柔らかい声を思い出すだけで、自分のちんまりとした胸の奥が暖かくなるような、不思議な感覚があった。

 

 今自分が感じているようなこの、何か他のお客様とは微妙に違う特別な感じを、このお礼文に少しでも表現しておきたいとは思うのだが。



「どうしたのスバルちゃん? スマホいじりながらニヤニヤしちゃってさあ。何か良いことあった?」


 待機中の早番の同僚にそう言われてはっとした。

 ビクリとしてスマホの画面を消すと、その黒い液晶には、なんだかだらしなくニヤついた僕の顔が反射する。


 今の不思議な気分をこの同僚に相談してみようかとも思ったが、特別に仲がいい女の子というわけでもないし、やめておくことにする。

 変にからかわれたり、あれこれ噂されたりするのも気持ちがいいものではない。



「いえ、常連のお客様とメッセージやりとりしてるところで。変態っぽいメッセージが、なんかちょっと面白くなっちゃってました」


 そんな嘘でごまかしながら、待機室内の安っぽい壁掛け時計を見て立ち上がる。

 少し早いけれど、もう外に出て送迎の運転手さんを待っておこう。

 今日の自分はちょっと本調子ではなさそうだし。


 変に周りに詮索されるのも、もちろんごめんだ。

 

 肩に担いだ少し大きめなバックには、ヌルヌルするスケベな液体やらうがい薬やら一応の避妊具に、オプションで要求されがちなあれこれなんかもぎっちりと入っている。

 

 その慣れ親しんだ肩の重みをなるべく強く意識して、自分の気持ちをなんとかお仕事モードに切り替えていくことにした。


 


 平日の午前中から指名を頂けるなんて、特別にありがたいことだと思っている。

 こんな時間帯に暇が作れて、しかもお金にも余裕があるお客様は、それだけで貴重な存在に違いないのだし。


 だからこそそういうお客様に対しては、特別大事に対応しなければならないと、そう頭ではわかっているはずなのに。

 自分の気持ちが今日は、どうしてかうまく切り替えられていなかったみたいだ。



「いやあスバルちゃん、会いたかったよお。おじさんのコレ、久しぶりでこんなになっちゃった」


 ああ、嫌だ。

 触りたくない。


 だけど、これが僕の仕事なんだ。



「さあスバルちゃん、いつもみたいにラブラブにチュッチュしようね」


 臭い。

 勘弁してくれよ。


 でもそれを拒否する権利なんて、僕にあるはずもない。



「スバルちゃんがそんなふうに声出してくれて、おじさんも嬉しいなあ」


 演技に決まってるだろ。

 気持ち悪い。



 もう、嫌だ。帰りたい。

 男だったころの自分に戻りたい。


 頼むから、悪い夢なら覚めてくれ。



 それでもいつも通りに時間は過ぎて、今か今かと待ち続けたタイマーの音が、静かなホテルの部屋に響き渡る。




 自分の感情をごまかし続けることには無理があるのだと思う。

 昨日の細身なお客様みたいに、男と接することへの不快感を意識させないでくれる人なんてめったにいない。


 お客様が悪いわけじゃない。

 彼らは僕へ、充分なお金を支払っている。


 だから全てこれは、その場で心まで一匹のメスになりきることができなかった、僕自身が悪いのだ。

 こんな仕事を続けることしか生きる手段がない、自分の弱さが悪いのだ。



 僕は送迎のバンに走るようにして戻るなり、除菌シートで手元から首すじ、身体中を拭きはじめた。


 大切なお客様を、こんなふうに扱っちゃだめなことなんてわかっている。

 だけど終わりのシャワーの後、退室するまでに触れられてしまった部分がどうにも汚ならしく感じてしまって、耐えられないくらいつらかった。


「んー、スバルちゃん大丈夫? さっきのお客さん、そんなに嫌な感じだったの?」


 ルームミラー越しに運転手のおじさんが気を使ってくれるけど、だからといって自分を指名してくれるお客様を悪く言うことはしたくなかった。


 自分だって、さっきのお客様と同じようなおじさんだったのだ。

 臭くて、汚くて、気持ちが悪いおじさんの一人だったのだから。



「いえ、大丈夫です。ちょっとシャワーのあとに触られすぎちゃったかなーって。綺麗に拭いておかなきゃ、次のお客様に申し訳ないですからね」


 無理やりに笑顔を作ってそう返すが、信じてもらえそうな自信も持てない、震えたような声が出てしまう。


 後部座席の窓ガラスに映った僕の顔も、明らかにひきつったままだった。



 お客様メモにさっきまでのプレイや話をした内容を記録しようとしてみたが、そうしたことを思い出そうとするだけで軽く吐き気がしてきてしまう。


 お客様メモでのこれまでのランク付けで、さっきのお客様は最高クラスのAランク。

 個人的な好き嫌いを無視して扱えば、空いている時間帯に頻繁に指名を入れてくれる、とても素晴らしいお客様なのに。


 どうしてだろう。


 頭はちゃんと働いているはずなのに今日は、自分の感情をうまくコントロールできないでいる。


 悪いのは僕自身だ。お客様は何も悪くない。

 こんな女の体にTSしてしまった自分の不運と、心の弱さだけを恨むしかない。



「スバルちゃんは偉いよねえ。お客様を全然悪く言わないのって、スバルちゃんくらいだよ。……だけど無理しないようにね。ほら、この業界ってさあ、良い子ほど病んじゃうってよく言うじゃない?」


 運転手のおじさんはそう気遣ってくれるが、だからといってこの送迎のバンを止めてくれるわけではない。


 次の場所へ僕を届けることが彼のお仕事で。


 次の場所でも、どんなお客様が相手でも、えっちで幸せな時間を作りだすことだけが、この世界で僕にできる唯一のお仕事なのだから。

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