第1話 TS娘には事情がある
もし自分が女の子になったとしたら、いったいどんなことがしてみたい?
おじさんだった自分が、ある日急に美少女に。
TSしたその日から、冴えなかったはずの毎日がキラキラと輝き始める。
美少女になったら何をしよう?
女子高生になって、クラスの女の子たちとゆりゆりな生活だとか。
幼なじみの男の子といちゃラブなんて、本当に素敵な話だ。
お仕事ならVtuberなんてどうだろう。かわいい声なだけでなく、中身まで美少女なんて最高だろう。
おじさんだったころの知識を生かせば、真面目なお仕事でも出世街道まっしぐら。
だけど。
そんなこと、できるわけないんだ。
できるわけがない。
TSにはいわゆる典型的なシチュエーションというものがいくつかあって、例えば『あさおん』といえば、朝起きたら自分の体が美少女に……! というものだ。
目覚めてすぐに、自分の胸にあるはずのない膨らみがあることに気づいて。
もちろんその股間には、あるはずだったアレがない。
じゃあ実際にその『あさおん』が自分の身に起きてしまったらどうなるのか。
答えが今の僕だ。
僕はその朝、これまでの人生で積み上げてきたもの、そのほとんど全てを失った。
勤めていた会社の社員寮に住んでいた僕は、当然そこにはもういられなくなった。
数日はごまかしていられたが、そのうちそんな連絡すら来なくなった。
貧乏なくせに必死にアルバイトをしながら大学に通い、やっとの思いで掴んだ就職先。
厳しい仕事にも耐え、ようやく人生が軌道に乗り始めたように思っていたのに。
もちろん失うのは仕事だけじゃない。
TSするということはつまり、身分を証明する手段を失うこと。
戸籍を失うということだ。
住所不定、無職。
この日本において、戸籍がないということがどれだけ深刻な問題か。
運転免許証は男のものだから、所有していた車すら使えない。
身分を証明できるものは何一つない。
なにせ持っているのは全て20台後半の男性の身分証明だというのに。どこからどう見ても、僕はあまりにもかわいらしい、まだ10台にしか見えないような女の子になってしまったのだから。
保険証がない。住民票がない。
住む場所を手に入れることができない。漫画喫茶にすら泊まれない。
それがTSしてしまった男の現実だ。
それでも生き続けていたければ、そのための手段は悲しいくらいに限られている。
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TS娘のえっちなおしごと
は じ ま り
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「スバルちゃんお疲れ様。次、23:10分からご指名入ってるから、このまま連れていくね。ご新規さんで120分、オプションは無しだってさ」
送迎の運転手さんに渡された電話番号は、自分のお客様メモには一度も出てきていないものだった。
週末の夜。
派手なネオンの看板が目立つ、その手のホテルを出た僕は、迎えに来てくれた大きなバンの後部座席に乗り込んだ。
クーラーの良く効いた広い後部座席は、忙しい週末の唯一の憩いのスペースだ。
座席に取り付けられた鏡には、少し乱れたポニーテール姿で、疲れた表情の美少女が映っている。
整ってはいるけれど10台にしか見えないようなその僕の幼い顔には、悲しいくらい表情に輝きが感じられなかった。
せめて落ちかけた軽いお化粧だけは、少し手直ししておいたほうが良さそうだ。
「上がりは結構遅くなりそうですね。僕はこれでラストですし、タクシーで直帰します。僕のことは待たなくていいですよ」
「そう? 悪いね気を使わせちゃって」
運転手のおじさんはちょっとだけ嬉しそうな声でそう返事をしてくる。
髪の薄くなった彼の後頭部を座席ごしに見つめながら、僕は小さくため息をついた。
忘れないうちに鞄の中から紙を取り出して、さっき接客したばかりのお客様の情報を、自分が作ったフォーマット上に手書きでメモしておく。
予約してきた電話番号、本名かはわからないが名乗ってきた名前、使ったホテルや予約時間にプレイの時間。
細かいお話した内容やプレイの反応なんかも思い出せる限りメモしていくが、なんだか投げやりな気分になってペンを置いてしまう。
前のお客様は、悪く言うつもりはないけれど、あまりありがたいタイプのお客様ではなかった。
僕のこの犯罪的なくらい幼い容姿を気に入って頂けているようで、たまにご指名をもらえていることは助かるのだが。
あまり僕が得意ではないオプションばかりを選んでくるし、体臭が正直ちょっと耐え難い。
進んでいく車の窓の外で、夜の華やかな街並みが流れていく。
ほんの1年ほど前までは、自分もそんな景色の一員だったというのに、今ではこうして車に揺られ、どこかのホテルからどこかのホテルへ、右に左に通りすぎるだけの生活だ。
TSしてすぐに、男だったころの貯金はありったけATMで下ろしておいたが、それも消えてなくなった。
その頃の愚かな自分のことは、もうできるだけ思いださないようにしている。
どうせいくらお金があったとしても、身分証もなくこの幼い見た目では、ビジネスホテルや漫画喫茶にすら泊まれなかったのだから、もう考えるだけ無駄なことだ。
だから今の僕の生活は、TSした元おじさんが行き着くべくして行き着いた、実にテンプレな姿なのだと思っている。
男に抱かれてお金を稼ぐ、ふしだらで不純でえっちなおしごとが。
それがTSした元おじさんにできる、唯一の生きる手段だったのだ。
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第1話 TS娘には事情がある
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送迎のバンを降りて、運転手のおじさんに軽く手を振った。
駐車場に下ろされたこのホテルは、僕の場合仕事で一日に2、3回は来ることもあるような、すけべなおじさんたち御用達の安価なホテルだ。
古びた飾り気のない自動ドアを通り過ぎ、迷うことなくエレベーターに向かう。
こういうホテルの狭い小さなエレベーターの中は、なぜか鼻につく煙草の匂いが染みこんでいる。
もうそれなりに遅い時間だから、カップルと顔を合わせずに済んだのは助かった。
一人でホテルの廊下を歩いていく僕に気づくと、大抵のカップルは興味本位でチラチラとこちらに視線を向けてくる。
僕はこんな幼い見た目だから、中学生か高校生が売春でもしているのかな、なんてことを思われているに違いない。
そう想像してしまうだけでも、こういう場所ではいたたまれない気持ちになってしまう。
それに何より、幸せそうな人達を見るのはすごく苦手だ。
今の自分の惨めさが、際立つように感じてしまうから。
エレベーターの中、スマホで時間を確認する。
予約の時間を1分くらい過ぎていて少し罪悪感を覚えるが、この業界的にはこれがベストなタイミングなのだという。
このスマホは一年ほど前にようやく手に入れたものだが、TSしてしばらくの間もかつてのスマホが使えていたのは幸運なことだった。
数日で停止されてしまったけれど、それまでに知人に連絡をとることはできたから。
だが連絡をとっても、自分の息子が急に女になっただなんてふざけたジョークは、親ですら信じてはくれなかった。
唯一、仲がいいと信じていたかつての知り合いだけはそんな僕の相手をしてくれて。
落ちつくまでは面倒を見てくれると、その自宅にも招いてくれたけれど。
そんな都合のいい話を、信じた僕が馬鹿だったのだろう。
エレベーターの扉が開くと同時に、指定された番号の部屋を目指し、廊下をずんずんと歩いていく。
ふかふかの絨毯が敷かれた廊下は足音も響かず、自分の軽い息遣いだけが耳に届いていた。
なんだか今日は少し気分が落ち込んでしまっているが、ここからは気持ちを切り替えてもうひと頑張りだ。
ホテルの代金と僕に渡す代金。
お客様はこのひとときのために、かなりのお金を支払っている。
僕と会う時間だけが、日々のストレスの多い生活の唯一の癒しだと言ってくれる人もいる。
既婚者でこの時間のために、頑張ってお小遣いを節約してくれている人だっている。
だからどんなおじさんが相手だろうと、最高の時間を過ごしてもらえるように尽くすのが当たり前のことだと、僕はいつもそう自分自身に言い聞かせているのだ。
305号室。
扉の前で、僕はマスクを外してバッグのポケットにしまうと、深くゆっくりと息を吐き、二回小さくノックをした。
この瞬間だけは、いくら経験してもなかなか慣れない。
自分のこの幼すぎる犯罪的な見た目がどう思われるか、なんて不安も多少はあるし。
扉を開けると、そこにとんでもないド変態が待ち構えていることだってある。
すぐに開かれた扉の隙間からひょっこりと顔を出して、僕は努めて柔らかく笑顔を作った。
「お待たせしました。ときめきハートキャッチガールズのスバルです」
控えめな声でそうお決まりのセリフを口にしながら、勝手に素早く扉の隙間へ入りこむ。
もたもたしていると、僕のあまりに幼ない容姿に拒否反応を示すお客様もいるから、新規の方の場合はこの瞬間に一切遠慮をしてはいけない。
「へへ、お邪魔しますね。こんばんは」
言いながら僕が上目遣いに見上げた背の高いそのお客様は、なんだかすごく優しい顔つきをしていた。
「こんばんは。よろしくね」
そう返してくれた言葉も、ありきたりだけどとても優しい声で。
少なくとも、いわゆる『ハズレ』のお客様では無さそうだった。
もちろんどんなお客様であろうとも、これがお仕事である以上はベストを尽くすのが、元男性として僕が理想とする考えではあるけれど。
「えへへ、今日はよろしくお願いしますね……」
僕はあざとく作り笑いを浮かべたまま、間髪を入れずそのお客様に身体を寄せ、背の高い彼の首に自分の細い腕を回した。
抱きしめあうような体勢になると、彼の部屋着越しの身体は、ちょっとほっそりしすぎているような骨ばった感触だった。
背は高いが少し痩せすぎているような感じで、スタイルが良いと言うよりは不健康な印象を受ける。
そんな細身なお客様の優しい雰囲気の瞳を見つめたまま、僕はゆっくりとその顔に唇を寄せていく。
部屋に入ればすぐに唇を捧げるのは、先輩から習ったテンプレのようなテクニックだ。
人間は何にだって慣れるもの。
僕も元は男だったくせに、今となってはこういうことにも慣れきってしまっている。
もちろん決して、自分から口付けを望むような気分になることはないのだけれど。
いきなりだったので驚いたのか、彼の唇には少し力が入っていて、僕のぷにぷにな唇にはちょっと固い感触が伝わってきた。
すぐに舌を入れようとしてくるようなおじさんと比べれば、こういう不慣れな感じの反応の方が好感がもてる。
その口から嫌な臭いがしなかったことだけでも、正直かなりありがたいことだ。
ベッドに二人並んで座り、まずは料金を受け取り、それをきちんと鞄の奥へしまいこむ。
そうした瞬間もできるだけお客様の気分が現実に戻らないように、足や手を少しでも触れあわせておいた。
「今日はご指名ありがとうございます。僕のこと、ホームページで見てくれたんですか?」
肩がぶつかるような距離感で、そのお客様の太ももを手のひらでさすりながら、少しずつ彼の要求を聞き出していく。
僕を新規で指名してくれるお客様は、ただ顔だけで選んでくれる人もいるし、スレンダーな身体が好みなだけの人もいる。
攻め好きなロリコンさんもいれば、メスガキにからかわれたいドMもいる。
相手の緊張をほぐすようにボディータッチを続けながら、たまに視線をあわせたり。
そうして相手の希望を少しでも読みとって、できる限り希望通りの時間を過ごさせてあげるのだ。
「うん。こういうお店、あんまり慣れてないんだけどさ。キミの写真をぱっと見て、なんだか気になっちゃって」
その言葉からは、あまりお客様の本心を汲み取ることはできなかったけれど、少なくとも不快感は感じなかった。
このお客様はまだ比較的若い方だし、明らかな変態さんだとも思えない。
プレイの中で、少しずつその内心の欲求を汲みとってあげる必要がありそうだ。
「ふふ、ありがとうございます。……ね、せっかくだし遠慮なく触ってもらえたら嬉しいんですけど、いいですか?」
僕はそう尋ねながら、でも許可は待たずに彼の大きな手のひらを掴み、自分の頬に近づけていく。
もう今日は最後のお客様だから、化粧が取れても髪が乱れてもあまり気にする必要はない。
だけどその彼の手が頬に触れたとき、自分の身体が変に熱くなって、背筋にピクリと痺れるような感覚があった。
不思議に思って彼の顔を見つめるが、そこには変わらず優しそうな表情があるだけだ。
別に彼に不審なところがあるわけでもないし、僕も少し身体に疲れが溜まって、感覚がおかしくなっているのかもしれなかった。
「……それじゃ、タイマーはじめますね。えへ、まずはシャワー、行きましょうか」
ベッドの横に安物のタイマーを置きボタンを押すと、デジタル表示の数字が動きだし、また自分の中でもう一段階、仕事のスイッチが入ったような気持ちになれた。
お客様のちょっと緊張したような表情と、変わらず優しい雰囲気の顔つきに、不思議と僕も胸の奥が暖かくなっているような気がしてくる。
自分の服を脱ぎ捨て、すけべな下着姿になった僕は、またあざとく上目遣いに彼と視線を合わせた。
これから彼が買った90分間、僕は元男だった自分をすっかり忘れて、一匹のメスとしてこのお客様のためだけに身体中で尽くすのだ。