第98話 違和感と救済
僕の前には魔神の使途らしき女性が立っている。
エウリアが着ている修道服に非常に酷似したデザインで、黒い布が巻かれてる目元からはハッキリとした視線を感じた。
「聖女ロクトリス? 聞いたことない名だけど」
「あれ? もしかしてまだわからない感じ?
まぁ、その魂がここまで成長してやってくるのは予想外だしね。新たな人格が形成されててもおかしくないか」
ロクトリスは腕を組み一人でに頷いていく。
正直、彼女の言った言葉については何一つ理解できてない。
少なくとも今の時点でわかっているのは、ロクトリスさんはアルバートとは違ってすぐに攻撃してくる姿勢は見せない。
それはこちらとしてもありがたい。
いくらなんでも完治してない状態で魔神の使途のそれも魔力からしてアルバートと同等かそれ以上の相手と戦うのは分が悪すぎる。
しかし、最低限の警戒はしておかなければいけない。
この場は結界が張られていて戦闘に移ろうと思えばすぐにでも出来る状態になっている。
せめてこの結界の魔法陣さえ見えれば。解析には時間がかかる。
「それじゃあ、思い出してみよっか。私達の出会いって森の中だったよね。
最初、私を賊と間違えて襲われちゃったけど、あれって今考えてみれば初めて君から襲ってくれたってことだよね? そう考えると今では良い思い出になるかもしれない」
「.......」
「それとそれとアルバート君に出会ったのも割と早かったよね。
最初は私達を始末するために使わされた聖王国の暗部とは知らなかったけど、今思えば何かと不審な様子があったような? わっかんないや」
何を話してるのかさっぱしだ。
ロクトリスさんは僕を誰かと重ねてる?
それにアルバートという人物はもとは人間だったのか?
そいつガレオスさんと同じで帝国の王様とは明らかに存在の位というのが違うように感じたけど。
でも、そう考えると彼女が最初に「聖女」と名乗ったことに対しても頷ける気がする。
そして、何よりその気持ちを強くしているのは、僕はこの人を知らないはずなのに知っているという矛盾した感覚だ。
ガレオスさんもアルバートもあった瞬間にまるで懐かしい人物に会ったような感覚に襲われた。
それがロクトリスさんではもっと強くなって知っているという感覚まで来ている。
だけど、僕の人生の中では彼女と会った記憶は微塵もない。
そもそも彼女がこの世界の生まれであるなら、別の場所で生まれた僕が知ってるはずがない。
しかし、妙な違和感が胸の中に渦巻いて消えない。
なんだこれは......頭が痛い。急になんで?
「お、もしかしてもしかすると思い出してくれた? う~ん、でももうひと踏ん張りってところかな。
それじゃ、私とレッ君のムフフな話を聞かせてあげましょう......といっても、あんまりないんだよね~。彼ってば堅物だったから」
「......っ」
「どっちかって言うと私がずっとラブコールを放ってたというか? 『あ、好き!』っていう惚れ直しを何回もしたというか? どうどう思い出さない?」
「し、知らない.....そんなこと」
僕は頭を押さえながら酷くズキズキする痛みを堪えてそう言い放った。
すると、ロクトリスさんはどこか寂しそうな顔をして「そっか」と呟く。
「うっ......く」
なんとか痛みを我慢しながら左手を壁に触れさせる。
そこから結界を作る際に流れる魔力の方向を逆に辿りながら結界の核となる魔法陣の位置を特定した。
その魔力の位置はロクトリスさんの足元。
本来魔法や結界が発動する際には現れる魔法陣が見えていないのはなんらかの魔法による隠ぺい工作か。
ともかく、僕はその魔法陣の魔力に自身の魔力を流し込み、その魔法陣の構成術式と形を把握するとその魔法陣を攻撃した。
「解析......完了―――術式解体」
「っ!」
その瞬間、この部屋を囲っていた結界は破壊された。
そのことに驚いた様子のロクトリスであったが、すぐに無邪気な少女のように笑みを浮かべた。
「魔法陣の解体......やっぱり、約束を覚えててくれたんだ!」
「悪いけど、何も思い出せないな!」
僕は左手を指鉄砲のようにしてその指先から<雷撃>の魔法を放った。
「無駄だよ」
しかし、それは彼女に触れる前に霧散していく。な、魔法そのものを消し飛ばした!?
「そっか。私のことは思い出せないけど、それでも約束は守ってくれてた。
うん、これだけの希望があれば十分だよ。この世界は今度こそ救われる。生まれ変わることができる」
「さっきから何を言ってるのかさっぱりだ。何をしに来た?」
「そうだね。今回はアルバートからレッ君が戻って来たって聞いて会いたくなって会い来ちゃった感じかな。
で、思ったより記憶の錠が厳重だとわかったから仕方ないから帰る。本当は帰りたくないんだけど」
正直、僕は帰って欲しい。
今もずっと変わらず万力に締め付けられてるような頭痛が続いてるから。
それに魔法が通じないという時点で僕の戦闘においてのアドバンテージが奪われたようなものだ。
このまま戦いを始めれば、恐らく戦いにならない。
「これだけは覚えておいて君は私達の希望の光だということを。
魔神の手下である私が言うことじゃないんだけどね」
そう言うとロクトリスさんは「バイバイ、レッ君」と言って空間に穴をあけるとそこに入って消えてしまった。
その瞬間、頭痛が少しずつ収まり、ダラダラと流れた脂汗をそのままにその場に崩れ落ちる。
すると、そこに異変を感じて駆け付けた康太とアイがやってきた。
「律、凄い魔力を感じたけど大丈夫!?」
「お兄ちゃん、生きててなの!」
「大丈夫。なんとかね......でも、死ぬかと思った」
正直、考えなければいけない情報が一気にやってきて頭がパンクしそうだ。
でも、一先ず今は無事であったことを喜ぼうか。
*****
―――青糸蓮 視点―――
ウェンリがまだ幼かった頃、彼には一人の兄がいたそうだ。
兄の名前はウェレン。彼は早くに病で亡くした両親の代わりにウェンリをよく面倒見ていたそうだ。
そして、その兄には誰よりも努力家で魔法に関する知識を早くに覚え、その知識を活かして多くの人達の助けとなる魔法陣の作成を行っていた。
そんな彼を村の誰しもが“エルフの秀才”と褒めたたえ、ウェンリも彼を誇りに思っていたそうだ。
しかし、そんな彼に異変が起こったのは彼が一人の男と出会ってから。
ある日ウェンリは森で彷徨う男に出会った。その男はリック。
リックはウェレンもすらも知らない魔法知識を持っていたらしく、最初は同じ魔法ヲタクのような感じで仲が良かったらしい。
しかし、ある日からウェレンは少し危険な魔法を取り扱うようになった。
最初こそ「ウェレンだから」と彼のことを信じてたエルフの人達であったが、それが段々とエスカレートしていったことに不安を募らせた。
ある日、その魔法実験で手伝っていた人が怪我をした。
しかし、ウェレンはそのケガをした人を見て喜ぶようになったという。まるで人が変わったと。
原因はリックという男あると周りも思ってその男を探したが、その頃にはリックは消えていて数日後にリックと思わしき人物の死体が森で発見されたという。
リックが消えても彼が残した呪いは消えず、ウェレンはついに自分の妹であるウェンリにまで手を出した。
ウェレンはウェンリを使うと彼女に「世界樹ミッドレンの所まで行ってこの薬瓶をかけて欲しい」と頼んだ。
<洗脳>魔法によって操り人形とかしたウェンリは周りに誰も怪しまれることなく、ミッドレンまで近づくとその薬瓶をこぼした。
その直後、薬瓶からは猛毒が発生し、気化したその毒はたちまち森を襲っていった。
その毒をその時にミッドレン周辺で狩りや作業をしていた人達が浴びるとたちまち皮膚が爛れて、苦しみもがいて死んだそうだ。
しかし、ウェンリだけはまるで同じ罪を背負わすかのように効かなかった。
その実験成果を見て喜ぶウェレンについに周りの人達は彼を拘束し、なぜそのようなことをしたのかと聞いた。
すると、彼は「僕が世界樹ミッドレンに代わってこのエルフを率いるんだ」と言い放った。
その目は自分がそうなることを信じ切ったような目をしていて、すぐに自分がなぜ拘束されているかと怒りも露わにした。
その時、遠くからウェレンの様子を見ていたウェンリももうかつての兄ではない化け物と目に映ったそうだ。
それ以降、ウェレンは「これが僕の我が主から与えられた役目だ」「なぜ僕の行動が理解できないのか。それはお前達と僕が同じ存在にいないからだ」とずっと誰かを信仰してその言葉を吐き続けたという。
そして、ウェレンの最後。それはあまりにも唐突であった。
ある日、兄の様子が気になったウェンリがウェレンの様子を見に行くと彼はすでに事切れていたそうだ。
誰が殺したのかわからない。
そこに魔法による攻撃をした形跡はなく、ただ爆発したように体がはじけ飛んでいたらしい。
「―――そういうわけで、この毒霧はきっと私達のせいなの。
お兄が死んだ後、お兄の研究を引き継いで毒霧の浄化に努めたけど......こうして復活している以上はきっと意味なかったんでしょうね」
「それでお前は自分は洗脳されてたとはいえ実行したことには変わりないから兄と同じ罪だと?」
「えぇ、そう―――」
「バカだな。お前は」
「な!?」
驚いたような顔してるがどう考えてもそういう結論になるだろ。
「誰がどう聞いたってお前に罪はない。
それに俺達がいた世界でも“犯罪行為にあたることをしても責任能力がなければ無罪”ってあるんだ。
それでお前は操られて兄の言うこと聞いちまったんだろ?
それに幼かった。そう考えるとこうなるだろ」
その言葉にウェンリは目を見開いたまま。そして、失笑し始めた。
「ふふっ、確かに。心のどこかではそう言ってもらいたかったくせに、自分は罰を求めてたなんておかしな話ね。今もこうして生きてる時点でそうなのに。
それに私が思ってた反応と違ってびっくりしたわ」
「どう反応すると?」
「もう少し情熱的に来るかと思えば、呆れた表情で淡々と。ある意味、お前らしいけどな」
「俺はそういうの似合わないからな。それに恐らく村の人達も同じように思ってるぞ」
「え?」
その言葉に小首を傾げるウェンリに俺はシェイリから聞いた話を伝えた。
「これはシェイリから聞いたことなんだが、ミッドレンに住む精霊は心悪しき人にはつかないらしい。
つまりお前がその罪を背負っていようとこれまで精霊と一緒にいたことが何よりの証拠ってことだ。
精霊はエルフにしか見えないんだろ? なら、そういうことだろ」
「......まさか精霊の存在が私の罪の有無を示していたなんてね。
それじゃ、今の行動について咎められないのはなぜかしら?」
「それは精霊的にセーフかもしくは単にお前といたいだけだろ」
そう言うとその言葉に「それは嬉しいわね」とウェンリは笑った。
普段表情がハッキリしない彼女であるからして不覚にも見惚れてしまった。
それから数分後、シェイリが仲間を引き連れ戻ってきて勢いで抱き疲れた。
周囲から異様な視線を感じたが、決して気のせいではないだろう。
そしてついでとばかりに、こうも告げた。
「レン様、ミッドレンの近くで妙な人のニオイを感じました。恐らくこの毒の首謀者かと」
読んでくださりありがとうございます(*´ω`*)




