第96話 濃霧の中で
―――青糸蓮 視点―――
「ハァハァ......クソ、またか!」
俺が毒霧に入ってからこれで五度目だ。
直進しているだけなのにまるで方向を狂わされてるかのように元の場所に戻される。
このままじゃ不味い!
ウェンリはただでさえ毒を負ってダメージを受けている。
その上、俺を助けるためにさらにダメージを受けてしまった。
アイツの顔色からして長くはもたないはずだ。
早くアイツのもとにいってやらないと!
そう約束してアイツは俺が来ることを信じてくれてるんだからな!
「とはいえ、どうするか.......」
「グルルルル」
「チッ、またか」
この森はどうやら本当に植物とエルフにしか作用していないのか、ピンピンした魔物が俺を襲ってくる。
しかも、賢いことにこの毒霧の濃さを利用してくる始末。
こいつら、獣だけあって俺の位置を正確に理解してやがる。
クソ、もし俺がテイマーだったらこの状況も変わったってのに......テイマー?
俺はすぐさま一つの案を思いつき、すぐさま試すために<召喚>の陣魔符を取り出した。
そして、そこから効果が消える前に素早く多めに小蜘蛛を呼び出していく。
「お前達、ここに住む蜘蛛に道案内が出来ないか交渉してくれないか?」
その言葉に蜘蛛はコクリと頷くとまさに蜘蛛の子散らすといっや言葉のように散開していった。
その間、俺は襲い続けてくる魔物を対処しながら、自力でも見つけられないか探った。
そして、七度目となる毒霧攻略で俺が命令した小蜘蛛が帰って来た。
すると、俺が呼び出してない蜘蛛がいる。
ここの現地民ならぬ現地蜘蛛だろう。
俺の蜘蛛が多少血みたいなので体が濡れているがもしかして争ったのか?
しかも、無傷で誰も欠けてないとかお前らそんな強かったか?
ま、今はそんなことはどうでもいいか。
「俺がこいつらのボスをやってる蓮だ。
これからお前らに俺の仲間を探して欲しいんだが頼めるか?」
その蜘蛛は激しくコクコクと頭を縦に振る。
すると、俺の召喚した蜘蛛達がその蜘蛛を小突いた。こいつら何してんだ?
ともかく、こいつらにウェンリの場所まで案内してもらうために何かニオイのあるものは―――
「もしかして、先ほどの生きたエルフをお探しですか?」
「......お前はこいつらのアラクネか?」
毒霧から現れたのは現地蜘蛛と同じ種類の俺よりもデカい半身半蜘蛛の女性であった。
相変わらず半裸だなアラクネは。
「はい。私の名前はシェイリと言いまして、まぁ名前といよりは種族名ですが。ここでボスをやっています」
「そうか。それで先ほど小さな蜘蛛の方にも確認を取ったが、シェイリも俺に協力してくれるってことでいいんだよな?」
「それはもちろんです!」
俺はいきなり手を取られシェイリに両手を握られた。
そのシェイリは紅潮した頬で瞳を輝かせている。
「まさか魔物が人族に惚れるなんてことがあるとは思いませんでしたが、ここまでのドキドキはもはや誰と戦っても起き得ないほどです! あぁ、子種くれません?」
「悪いがそれは答えられない。結果次第で考えるとだけ言っておこう」
「それでいいです。もはや私が従うとなればボスはあなたで決まりですから」
相変わらず、なんで俺はこんなにアラクネに好かれるのか。
俺の召喚した蜘蛛と接触した時だって一方的に好かれて契約まで流れて行ったし。
なんだ? 俺はアラクネに好かれる何かがあるのか?
だが、これは今としてはこれ以上ない好都合な展開だ。これを利用する手はない。
俺はシェイリと<召喚>の契約をして、さらにウェンリのことを知ってるということなので案内して貰う。ついでに目のやり場に困るので俺の着ていたパーカーを着て貰って。
「どうしてウェンリのことを知ってる?」
「先ほどまだ生きたニオイを感じたからですよ。
小蜘蛛達が私のようなアラクネになるには人をたくさん食べなくちゃいけないですからね」
「俺としっかり意思疎通できるのも人を食った影響か?」
「そうですね。人が持つ体に刻まれた情報で知能が発達する感じです。
といっても、何も生きてる人を食べてるわけじゃありませんよ?
もちろん、生きた人を好む同族もいますが、私達はどちらかというと既に息絶えた人を食べてこの森を奇麗にしてるのです。
エルフの皆さんからは『森の掃除人』と呼ばれてるぐらいなんですから」
「エルフの人達からも認められてるのか。それは凄いな」
そう褒めると途端にシェイリはドヤ顔し始めた。
「そうでしょう! そうでしょう! ということで、こんな素晴らしい私達をプレゼントするので子供作りません? 子種でいいですから!」
「めっちゃ必死じゃねぇか。結果次第で考えると言っただろ。それにオスはいないのか?」
「オスって基本的に弱いんですよね~。
私達は種族の繁栄能力を強くするために強いオスを求める本能が組み込まれてるんですが、オスが弱くてメスが繁殖できないという謎の繁栄システムを繰り返してるんですよ。意味わからなくないですか?」
「強いメスが生んだオスは強いんじゃないのか?」
「そりゃ、そこら辺のオスよりは強いですけど、結局ボスやってるのがメスの私ですからね~。
あ~、どこかに私より強いオスいないかな~チラッ。そんな人がいればウェルカムオーケーなんだけどな~チラチラッ」
「さっきの考えるって話を無かったことにするぞ」
「でも、それだと案内出来ないですよ? いいんですか~?」
「その時は無理やり従わせるだけだ」
「そう! それが良いんですよ! もう本能で私より強いとわかるレン様が私を道具のようにコキ使う!
それほどまでにある圧倒的な力の差! それがまさにメスとしての本能を掻き立てる!
あぁ、たまらない! ということで、子種くれません?」
「全然めげねぇ」
それに最終的にその言葉に落ち着くならこの先ずっと話題が無限ループするじゃねぇか。
ここまで知能もあって癖が強いアラクネは初めてだ。若干めんどくさいともいう。
しかし、しばらくアラクネとの話で気づかなかったが、そういえばこの数分間全くもって最初の毒霧に入った地点に戻っていない。
アラクネが真っ直ぐ走らずに途中でクネクネと曲がっているのでそれに合わせて俺もついて行っているが......この森は一体どうなってんだ?
「なぁ、俺がお前達に会う前に何度か元の場所に戻されたが何か知ってるか?」
「それは恐らく世界樹ミッドレンによる聖域結界によるものですよ」
「聖域結界?」
「世界樹ミッドレンの頂上は天界に繋がるとされているそうで。
それが嘘か真かは定かじゃありませんが、その世界樹が自分に近づくものを阻むのが聖域結界です」
「だが、お前達はその結界に阻まれてないんだな」
「そりゃもうずっと昔からここに住んでますからね。
この聖域結界を抜けていけるのはここに住む生き物か世界樹の森の守護者と言われてるエルフの民だけです。とはいえ、ここ最近はきな臭い現象が起きてますが」
シェイリは腕を組んでなんとも言えないという顔をした。きな臭い、か。
「それってこの毒霧のことか?」
「毒? いいえ、私達も世界樹のもとへ行けなくなってることです」
「お前達も阻まれてるってことか?」
「はい。先ほど聖域結界のことについて話しましたが、これは世界樹に対して邪な考えを持ってる人のみを弾くものです。
この森の環境サイクル、自浄作用サイクルの歯車的存在の私達が弾かれることは絶対になかったのです。無かったのですが......」
「影響を受けていると。なら、なぜお前は今こんなにも正確に走っているんだ?」
「いいえ、正確には走ってませんよ。すでに何度か戻されてます」
「は?」
待て、戻されてるんだったら俺が入って来た位置に行くんじゃないのか?
だが、アラクネの言ってることに嘘は見られない。
ということは、中継セーブみたいなのがあってそこに戻されてるってことか?
「私達が世界樹に向かおうとすれば真っ直ぐ走って数分で着きます」
「なら、今はどうやって向かっている?」
「先ほど連れていかれたエルフの女性のニオイが濃い方を辿ってる感じですね。
それを繰り返して少しずつ進んでる感じです。全く、誰がこんな仕業にしたのか。
おかげでロクに食事に辿り着けませんよ」
そう言ってシェイリは怒った様子で頬を膨らませていく。思ったより表情豊かだな。
......いや、待て、ということは今はどのくらいかかってる?
「シェイリ、お前が俺とあってからザッとどのくらいかわかるか?」
「そうですね......五分という所でしょうか」
「五分......!?」
毒を受けてさらにわき腹に攻撃を受けて五分!? そんなの死んでいてもおかしくない!
そして、その状況で今なお辿り着けていないというのが非常にヤバイ!
「シェイリ、まだ着きそうにないんだよな?」
「はい、恐らくまだかかるかと」
「なら、お前に頼みたいことがある」
そう言って作戦内容をシェイリに伝えた。
すると、シェイリは「レン様の仰せのままに」と了承してくれたので早速行動を開始する。
恐らくこのままシェイリに任せてもウェンリの様態が間に合わない。
今ですらもう生きてることを信じて希望に縋ってるぐらいだ。
ならば、無理やりにでも道を作って間に合わせる他ない!
俺はそれぞれの指先から糸を取り出すと両端の木を利用しながら横に間延びした蜘蛛の巣のような魔法陣を作り出す。
魔法陣は奇麗に書けば当然そっちの方が魔力変換率も威力も大きくなると律から聞いた。
しかし、例え不格好でも構成術式さえしっかりあれば効果は発動するとも聞いている。
「今、道をこじ開けてやる!―――噴炎砲流」
俺はその魔法陣にほぼ全ての魔力を注ぎ込んで、そこらか炎の砲撃を放った。
それは毒霧の中に入っていき、風圧で吹き飛ばしていくと途中で謎の壁に阻まれる。
恐らく結界による魔力の壁だろう。くっ、魔力抵抗が強い!
「邪魔すんなああああぁぁぁぁ!」
俺は魔法陣のに流れた魔力を全て魔法に変換するとその勢いで壁を突き破った。
「お見事です! レン様......って大丈夫ですか!?」
「あぁ、ただの魔力切れだ。今のうちに行ってくれ」
「わかりました。主様は私の背中にしっかりと捕まってください」
そして、俺はシェイリに背負われるとそのこじ開けた道を通っていった。
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