第94話 フォレスティアの事情
『すまない、久々の外からの客人でつい取り乱してしまった』
『いえいえ、大丈夫ですよ。とはいえ、急のお願いのようにも聞こえたので事情をお聞かせ願いますか』
現在、僕は別室にてヨナ達と村長の話を<遠耳>の魔法陣で聞いていた。
ざっくり言うと盗聴だ。許可は取ってる。
というのも、僕は魔神の使途アルバートとの戦いで傷を負って病人なので、仲間からも病人は安静にしておけということで部屋を割り当てられてベッドで横になっているのだ。
そして、そんな僕にべったりついてくるようにアイもいる。
アイ的には難しい話はヨナ達に任せて僕が変な行動を取らないか見張ってる......とのことだが、それはきっと口実だろう。
だってずっとこちらの顔を見てウズウズしてるもの。
きっとまた僕の顔面にダイビングハグをしたくてたまらないのだろう。
しかし、ヨナとウェンリからだいぶ厳しめに言われてるのでなんとか自重している感じ。
ちゃんと我慢出来て偉いぞ、アイ。
『つい最近のことだが―――』
そう言ってエルフの長ワングさんは僕達のお願いについて語り始めた。
一か月前、その頃はまだ平穏だったエルフの森に突如として白い修道服を着た女性が現れたとのこと。
その女性は自身を“神の使い”と名乗り、神の現世での依り代である世界樹ミッドレンまで案内して欲しいと告げたのだ。
エルフの人達はその女性について警戒するとその女性は被っていたフードを外して素顔を見せた。
すると、その女性はエルフの特徴的な長く尖った耳に木漏れ日を反射するような金髪であったそうだ。
同族の仲間意識が強いエルフの人達は彼女の言葉を信じ、数人のエルフで世界樹のもとまで案内していったそうだ。
しかし、数日経ってもその女性と案内役の数人のエルフは戻って来ず、不穏な気配がしたワングさんは捜索隊を出したそうだ。
すると、世界樹ミッドレンまでの道中で高濃度の毒霧が発生していると分かったのだ。
加えて、その毒はこの森を少しずつ犯し始めていて、しかもそれで死んでいるのは植物とエルフだけなのだ。
故に、解決しようにも発生源と思われる世界樹ミッドレンに近づくことも叶わずに、エルフがダメならと他の種族を呼びに行こうとすればこの森から出られなくなっているらしい。
八方塞がりになったまま一か月が経ったある日、たまたま僕達がやってきてワングさんは出会ってすぐにそんなことを行ったらしい。
『なるほど、そういう事情でしたか。わかりました。私達が調査をしてきます。
その場ですぐに解決できるものでしたら同時に解決しましょう。
ですが、まずは私達も状況を把握したいので』
『あぁ、それでいい。ワシ達に何か出来ることがあれば伝えてくれ』
「エルフの人達困ってるみたいなの。アイも助けたいの」
「そうだね。それに白い修道服というのも気になる」
その服に共通するのは魔神の使途ということ。
つまりはこの森にもドワルゴフのような何かが潜んでる可能性が高いかもしれない。
もしくは魔神の使途本人。
それがアルバートのような現状絶望的な相手なのか帝国の時の王様みたいな相手なのかは定かじゃないけど、もし前者であればかなり分が悪い。
そう考えてながらふとヨナとワングさんの話を聞いているとヨナがある程度のこの場の滞在に関する話し合いをまとめてくれていた。
た、助かる! そういう交渉事苦手なんだよ。
そして、話し合いも一段落着くとふいにワングさんが話題を切り出した。
『ウェンリは......来ているのか?』
『はい、私達はウェンリさんの案内で来ましたので。
ですが、何か事情があるように門の前に馬車を置いてそこで待機しているようです』
『そうか......来ているのか。だとすれば不味いかもしれんのう』
「ワングおじいちゃん、悲しい声してるなの」
「そうだね。どうやらウェンリの秘密はだいぶ深いみたいだね」
さっきの言い方が引っかかる。
その言葉から推測するとエルフの森の毒霧はウェンリが関係しているのか?
だけど、それは一か月前の出来事でその時には彼女は僕達と行動を共にしていた。
『......本当は本人の口から聞くべき内容なのかもしれんが、彼女が大切にしているそのペンダントを渡すほどじゃ。
勝手じゃがお主達には知ってもらった方がいいかもしれん。
二百年前に起こったエルフにおける最悪の事件を』
*****
―――青糸蓮 視点―――
「へぇ、上手く吹けるもんだな」
「そりゃ、これは私達エルフにとって子供の頃には必ず遊ぶ道具だからね」
そう言ってウェンリは口元に葉っぱを押し当てて息を吹いていく。
いわゆる葉笛というそれは独特の音色を出していくが......そこまで音階刻めるものだったか?
「にしても、今更な話別に残らなくても良かったのよ?
わざわざ私に気を遣うから変な噂が立つんでしょ?」
「俺とお前がデキてるってやつか?」
「わ、わざわざ言葉に出す必要もないでしょ」
ウェンリは頬の赤みを消すように手で覆って顔をそっぽ向けていくが、耳の先が赤くなっているのでモロバレだ。
ま、そういう噂が出てもおかしくないほどには何かと一緒にいるけどな。
といっても、アイツらが思う程そこまでの仲じゃない。
単に互いの利を補い合っているだけだ。
ウェンリは俺の作った糸で弓の弦を合わせているし、俺はウェンリがあの村に来るまでの旅をして見てきたという色んな国や村、民族の服のデザインを聞いて再現しているだけだし。
ここで言うのもなんだが、俺の趣味は意外にも裁縫だ。
母親がデザイナーだった影響かもしれない。
そんな俺の事情を知ってか知らずか俺の役職は<糸操魔術士>である。
今ほど能力が発達していなかったクロード王国の時代にはそれなりに酷い扱いを受けたもんだ。
その時の俺の糸は頑張ってもタコ糸のような太さで、魔法としての耐久値も低かったせいか、それこそ蜘蛛の巣が木の棒で切られるように簡単に破壊された。
戦闘能力としては下の下も良い所で、とにかく自分の魔法に関して色んな試行錯誤をしてみたがワイヤーほどの太さが限界だった。
使われたのは鹿やウサギを捕まえるぐらいの罠ぐらい。
今であればそのぐらいの太さがあれば十分に戦えるが、それができるようになるまで糸自体の操り方なんて一切練習してなかったために結果的に役に立つことは出来なかった。
ま、出来ていても高校の時の俺の印象はスカした野郎だったからあまり認めて貰えなかったかもしれないがな。
ただデザイナーの勉強でファッション誌読んでただけだったんだが。
とまぁ、身の上話もここまででいいだろう。
ともかく、今の俺は十分に幸せな時間を過ごせている。
あの時の王国を抜け出す行動は今でも間違ってないと思ってる。
ただ、その結果に起きてしまった村の崩壊はさすがに罪悪感を今も持っている。
「便利なもんね~。というか、この蜘蛛ってマグルスパイダーって言うんだっけ?
学習能力は高いとは聞いてたけどここまで器用だったっけ?」
隣に座るウェンリが見る視線の先にはちょうど俺の胡坐の前で作業している手のひらほどの大きさの蜘蛛達がいる。
そして、その蜘蛛達は自身の尻から糸を出しながら、もう数匹の蜘蛛がその糸を編んで布にしてくれていた。
「いや、もとからそうだったわけじゃない。
俺がたまたま森で出会ったアラクネに裁縫の技術を教えてたら真似するようになって、彼女らの試行錯誤によって上手く作業ができるようになった子供達をこうして召喚してくれたんだ」
「なるほど、魔物も試行錯誤するのね」
「結局、何をするにも一朝一夕にはいかないってことさ。
俺だって律から魔法陣を教わってるが、未だに<転写>までの領域に届く気がしない。
というか、魔力操作が尋常じゃなく難しい」
「確か、アイツにその魔力操作に関してコツとか聞いたことあったけど、“最初からそれなりに上手く意識できててコツとかわからない”とか言われたわ」
「もしかしたらその分野においての才能があったのかもな」
ウェンリの話を聞きながら俺は服を作っていく。
よし、あとちょいでミクモからこっそり頼まれた薫用の服が一着出来上がりそうだ。
すると、作業中の蜘蛛を指でつんつんするウェンリは俺の言葉に返答した。
おい、邪魔すんなって怒られてるぞ。
「そのことに嫉妬はしないの?」
「嫉妬?」
「そうよ、お前はさっき平然と『才能があった』と片付けたけども、お前だって律みたいな領域まで行きたいんでしょ?
だったら、普通はそういう才能に嫉妬するもんじゃないの?」
「嫉妬か......あまり意識したこともなかったな」
「意識したことないって......」
「恐らく認識の違いかもな。俺は誰しも自分の中には秘めたる才能があると思ってる。
それがどの分野かは人によって違い、それが開花するタイミングも個人差、いくつ才能があるかも人による。
俺にはすでに裁縫という才能があったから、むしろ律にも一つの才能が見つかって嬉しく思ってる」
「ふ~ん、なるほどね」
「とはいえ、俺も人間だ。俺が持ち合わせずに他人が持ってるものは否が応でも良く見えてしまう。
だから、当然嫉妬的な気持ちも芽生えているはずだ。
だがそれ以上に、嫉妬して羨ましがるぐらいだったらそれを手にいれるために行動するだけだ。
もちろん、状況にもよるがな......ってなんだニヤニヤして」
「いや、あんたってあんまり顔に出ないくせに案外熱血っぽいと思ってね。
そんな髪型してる人は大方カッコつけだと思ってたわ」
「お前もそう思っていたのか......」
単に傷の入った目を誰かに見せたくないだけだし、見せて不愉快な気持ちにさせないための配慮だったんだが......やっぱり髪型変えようかな?
「でも、私......その髪型嫌いじゃないわよ」
「っ!」
普段表情に出にくいのはお互い様のくせに。
なんでこういう時ばっか表情が柔らかいのか。
俺も男だな.....不覚にもドキッとしてしまった。
「作業も一段落ついたし、少し外の空気を吸ってくる」
「あ、私も行くわ。というより、行かなきゃ絶対迷って帰ってこれない」
そして、馬車を降りてしばらく森の中を歩いた。
その時にも多少の雑談をしているとしばらくしてウェンリが異様にせき込み始めた。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。だけど、なんだろう......この喉がヒリつく痛みがするのは」
誰かが俺達に攻撃をしているのか?
いや、それにしても周囲三十メートルの範囲に魔力は検知されない。
となると、もっと遠くのどこかから何かが漏れ出ているのか?
「ウェンリ、一先ずこの場を離れるぞ。そして、律達に連絡......ウェンリ?」
「何あれ?」
そう呟くウェンリの視線の先を見ると森の周囲を紫色の煙で囲み、さらに紫色の煙で出来た口を開けたドクロが浮いていた。
読んでくださりありがとうございます(*´ω`*)




